第33話 食わず嫌い
日もすっかりと落ち、周囲は静寂で満たされ、夜空は星がまるで生きているかのように輝きを放っている。
雲すら突き抜ける【エルキア山脈】の麓、街一つは軽く入りそうな湖の岸で、ティナ達は夜を越すため夜営をしていた。
辺の一角を照らす焚き火の光は淡く、見ているとどこか安心した気持ちになる。
そして、その焚き火を前に、クロエとレイルは夕食前に林で捕まえたテルヘビの感想を楽しげに言い合っていた。
「いやーテルヘビなんて生まれて初めて食ったけど、案外うまかったな。正直食わず嫌いしてたぜ」
「でしょ? あの粘液さえ無ければ、もっとメジャーな食材として日常に浸透できる筈なんだけどなー......」
味は淡泊、栄養も豊富と一見優良な食材に見えるこのテルヘビこと熱月蛇は、多量に分泌する粘液のせいで、王国軍が行軍訓練の際に用いる時以外滅多に見られないのが殆どだ。
それは冒険者も同じで、進んでこの蛇を食べる者はかなり少ない。
「あのークロエさん、レイルさん、あまり騒ぐと二人が起きちゃいますよ」
「っといけねえ、未体験の味にテンション上がっちまってた...。眠ってるフィオを起こすと後でどうなるか分かったもんじゃねえ」
焚き火から大きく歩いて五歩分の場所に生えた一本の木、その根本で、寄り添い合いながらティナとフィオーレは静かに眠っていた。
一日中歩き通し、何かと率先していた事から疲労が蓄積していたのだろう。その様子はまるで仲の良い姉妹のようであった。
「ティナも気持ち良さそう......。なんか起こすの気が引けるし、見回りは私達でローテーションしよっか」
「そうですね、普段気苦労させてしまっている分、少しでもお返ししましょう」
ここは街中と違い、いつ野生の獣や敵対生物が襲ってきてもおかしくない大自然のど真ん中だ。
定期的に周囲を巡回し、安全の確認を徹底しなければあっという間に命を落とす。騎士や冒険者ならば周知の事実だ。
「ーーそういえばお前らティナの部下なんだったっけな、友達かと思ってたぜ」
「友達でもあり部下でもあります。あの時軍の募集看板を見てなかったら、きっと今も見通しの立たない嫉妬にまみれていたでしょう。そういう意味では、こうしてティナさんの下で目標へ向かって進めているのは、私にとって意義ある事です」
フィリアの中で一人の家族、唯一の兄弟が頭に浮かぶ。どす黒くクッキリとした嫉妬からか、無意識に声色が変わる。
「結構訳ありなんだな......初めて知ったよ、お前ら王国軍騎士にもちゃんと理由があるんだなって。結局俺の持ってた先入観は食わず嫌いみたいなもんで、テルヘビと同じくお前らの事、本質になる中身までは見れてなかったのかもな」
レイルは言いながら焚き火に薪を焼べた。
煌々とした明かりが戻り、再び湖岸は照らされる。
「うまい事言うね~、そんなレイルにはこれ上げるよ」
クロエが背嚢から取り出したのは、王国軍の戦闘糧食。
これは定期的に支給される分で、一般には非売の軍専用非常食だ。売り買いすれば軍規に反するが、譲るだけなら問題なしとされている。
「へー、これが軍の糧食ってやつか......"あいつ"に言ったらうらやましがられるな。美味いのか?」
「それはドライフルーツなので、結構美味しいですよ。栄養もあってどこでも食べられるので、私達軍はすごく重宝しています」
説明を聞いたレイルは試しに一つ口の中へほうり込んだ。
酸味と甘味が舌の上で弾け、自分が考えていたよりも食べがいがある。レイルは納得したように頷くと、剣に松明をつがえて立ち上がった。
「レイルさんが一番に行かれるんですか?」
「こんなの渡された時点で察しくらいつくだろ、これつまみながらゆっくり見回って来るよ」
悪戯っ子にも似た笑みを浮かべるクロエと、どこか安堵しているフィリアを背に、レイルは湖の岸に沿って暗闇を歩き始めた。
王国軍騎士と冒険者。二つの相いれなかった者同士は、食わず嫌いしていた互いの中身を確認し、今少しだけ融和したのであった。