第32話 蒼天の下で
「うおおおおおおッッ!! おいそこ! 見てないで助けやがっ......うおああっ!?」
晴れやかな青空の下、水滴や水溜まりから光を反射して輝く視界いっぱいの湿原で、冒険者レイルは大量のゴブリンに追い回されていた。
「助けてって......レイルあんた、自分から群れに突っ込んだんじゃない」
王国危険指定ランク【E】に位置づいたこのゴブリンという敵対生物は、小柄で狂暴な上、一応武器を使ってくる。
常に集団で動き、小知恵も回る事から行商人にとても恐れられているが、その分個体毎で力が弱い。
「いくらゴブリンでもこの数を俺一人は酷ってもんだろうがー!!」
王都を出発して4~5時間程だろうか、高純度マナクリスタルのあるという【エルキア山脈】へ続く湿原を歩いていたティナ達は、道中ゴブリンの群れと遭遇したのだ。
遮蔽物も無いので進みあぐねていた時、「たかがゴブリンだろ」とレイルが果敢に攻め掛かったものの、十倍以上の数にどうしようもなくなったというのが現状である。
さすがに見殺しという残虐な行為は出来ないので、少し離れた場所でティナは買ったばかりの弓を構え射撃体勢に入った。
レイルの安全を最優先に考え、慎重に狙いを定める。
教導隊では短期間だが弓矢の扱いも学んでおり、ティナの成績はこれでも中の上辺りをキープしていた。
「クロエ、援護用意、目標前方左翼の武装ゴブリン、翼付き安定、班集中......放てッ!」
木板を思い切り叩いたような音が湿原に響き、レイルを狙い回り込んでいたゴブリンが、空気を切り裂きながら飛んで来た二本の矢に赤く小さな体を貫かれた。
「グギャッッギッ!?」
矢じりに肉をえぐられ奇声を上げたゴブリンはその場で絶命、蒸発し、残りの者もようやく離れたティナ達を敵として認識したようだ。
激昂した半数が彼女達目掛けて突進を開始するが、殺意に満ち溢れた彼らを迎え撃つのは、パーティー中最高火力を誇るフィリアの強力な爆発魔法だった。
杖の先端に飾られたマナクリスタルが強い魔光を放ち、奇怪な魔法陣が描かれる。詠唱が終わると、フィリアは迫るゴブリンへと杖を向け一発の魔法弾を撃った。
「『レイドブラスト』!!」
発射された魔法弾は弓の音がかわいく聞こえる程の爆音を着弾と同時に鳴らし、直撃を受けたゴブリンは火炎の中で文字通り灰と化す。
瞬間火力として爆発はこの上無い攻撃手段だが、これにはもう一つ効果が見込める。
「なんだよこれ、くそっ、爆音で耳がキンキンするぜ......って、なんであいつら一目散に逃げて行きやがる」
生き物とは元来大きい音に恐怖する。その点において、爆音は非常に優れた撃退効果も持っているのだ。
ゴブリンの危機察知能力も低くは無い、集団のリーダー格であろう者が群れを率いて逃げるように退却してしまった。
被害を出さず撃退に成功したティナ達は、一つ安堵の息を着く。
「さすが軍の騎士、ゴブリン退治なんてお手の物ね。それに比べてうちのレイルときたら、なんであんな数相手に一人で突っ込んだのよ」
フィオーレが呆れながら言い寄る。
「女に全部任せてられるかっての、男の俺が先陣切らなくてどうすんだよ」
「フーン、一応心遣いには感謝するわ。でも本当はまだ信用出来てなかったんでしょ? 騎士である彼女達が......」
剣を鞘にしまったレイルは、視線を奥にいるティナ達へ移した。
「......当たり前だろ、こればっかりは変わんねえ。だけどさっきの援護には礼を言うよ、それが筋だからな」
ティナ達の元へ向かうレイルをその場で見送ったフィオーレは、少し嬉しそうに「回りくどい試し方......」っと一言呟いた。
◇
道中予定外の敵に遭遇したものの、五人はなんとか山脈のすぐ側までやって来ていた。今歩いている小高い丘を超えれば目的地が視界に入るはずなのだ。
「さあ後一息よ! 今日中には麓に着きましょう」
青空を背に生き生きとしたフィオーレが先導する。
その疲れを微塵も感じさせない様子から引っ張られるように、不思議とティナも怠いはずの足をスイスイ前へと運んでいた。
「フィオーレ凄いわね、あなた疲れてないの?」
行軍訓練等で鍛えていたティナでさえ息を切らす中、はつらつとした歩きを見せるフィオーレにティナが聞いた。
「確かにしんどいけど、なんだか今すごく楽しくない?」
「何言ってんだよ、歩いてるだけだぞ。おまけにクソ暑いしよー」
汗だくのレイルはもちろん、続く三人の騎士にフィオーレは明るく言い放った。
「皆で準備して、行ったことの無い場所を目指す。障害に当たっても協力して乗り越えながらくじけず進んで、今こうして一緒に蒼天の下を歩いてる! これこそ冒険なんじゃないかしら」
空みたいに明るい笑顔を見せるフィオーレの言葉は、ティナの心に訴えるものがあった。
冒険とは人生そのものなのだ、くじければ見たい景色は見れず、得たいものも得られない。しかし、諦めなければいつかはそこへ辿り着ける、欲したものも手に入れられる。
それは、紛れも無い冒険者の姿。
冒険とは、自分で決めた道を諦めずに進む事なのだ。
「さあ行くよ、旅はまだまだ続くんだから!」
再び振り返ったフィオーレが、満面の笑顔を振り撒く。
ここまで楽しそうな人間を見たのは、ティナ達にとって初めての事であった。
「こりゃフィオーレに負けてらんないね! ティナ、フィリア、私達も行くよ! 上まで競争ね!」
つられてクロエが駆け出し、ティナとフィリアが後を追従する。
「乗ったわ! 負けた方が今晩半長靴磨きよ!」
「ふえっ!? 私負け確定じゃないですか、置いてかないでくださーい!」
「お前らな~っ! 俺を差し置いて勝手に楽しそうなことしてんじゃねー!!」
真に楽な道など存在しない。だが道が険しいからこそ人としていかに楽しみ、目的へ向かって進み続けられるかが重要だろう。
少なくとも今、三人の騎士と二人の冒険者は決して楽ではない道を、誰より楽しく充実しながら、風光る初春のように突き進んでいた。