第30話 フェニクシア
「冒険者かー、一応ここも考えた事はあるのよね......」
王都東方の海に近い通り道の脇、日差しがジリジリと照り付けて熱を放つ石畳の上、猛暑日というべき暑さの中『三型戦闘服』を着用するティナ、クロエ、フィリアは、【冒険者ギルド:フェニクシア】の前で息を呑んでいた。
「立派な建物ですね、ここでフィオーレさんはいつも依頼を受けてるんですか?」
「そうよ、他にも仲間がいて大抵は一緒にこなしてるの。種類は色々あってね、普段は討伐ばっかりなんだけど、こないだ久しぶりに採取クエストが貼られてるのも見たわ」
フィオーレが三人の横で楽しげに答えた。
冒険者。簡単に言えば、市民から依頼されるクエストをこなして報酬を得るいわば何でも屋だ。
その活動は幅広く、大陸各地の探索から商人護衛まで様々で、敵対生物が現れて以降は討伐依頼が多い傾向にある。
「私やティナが、最初は冒険者か騎士どっちにするかっていうので迷ってたのを思い出すよ。結局選んだのは騎士だったんだけどさ」
「そうなんだ。じゃあもし冒険者を選んでたら、ここで一緒に依頼をこなしてたかもしれないわね」
彼女は言いながらギルドの扉へと近寄った。
木製の扉は使い古されており、所々にボロが発生しているがそれもまた味を出している。
「ギルド長にはもう言ってあるけど、他の人達はまだ知らないからちょっと驚かれるかもしれないわね。でも皆良い人ばかりだから安心して、......あいつを除けば」
「あいつ?」
「なっ、なんでも無いわ! さっ、入って」
どこか引っ掛かるような会話の後、フィオーレが三人をギルドの中へと招き入れた。一応魔道具が効いているのか、軽い冷気がティナの頬を触れた次の瞬間だった。
騒々しく賑やかな騒ぎ声が、ぶつかるように彼女達を出迎えたのだ。
食事をしながら楽しそうに談笑する者、依頼書が無数に貼られたボードを見つめて動かない者、昼間から酒を浴びるような勢いで飲む者。
実に多くの冒険者が集まり、各々がそれぞれの時間を過ごしていた。
中は広く見える部分は二階まであり、長机をいくつも並べた最奥にはカウンターとクエストボードが設置されていた。
ティナ達の想像する、冒険者ギルドそのままの姿だ。
「ようフィオーレ! 久しぶりだな、元気にしてたか?」
「もちろんじゃない、そっちこそ暑さでバテないでよ。マスターはいる?」
「ああ、向こうでお前を待ってたぞ」
奥へ進む度に冒険者から声を掛けられるフィオーレは、ギルド内では顔がとても広いようだった。
しばらく歩くと、カウンターの横に置いてある席に座り、一人本を読みふける女性の前でフィオーレが立ち止まった。
「ーー久しぶりですマスター、研修の王国軍騎士を連れて来ました」
フィオーレが声を掛けた見た目三十過ぎの女性は、本を置いて四人を見ると、ウンと伸びをしてから口を開いた。
「あんた達か。来て早々騒がしくてすまないね、まあそれが楽しくもあるんだけど......」
女性は席を立ちながら続けた。
「私はカリスタだ、ここフェニクシアのギルドマスターをやっている。フィオーレから話を聞いた時は驚いたが、こうして見ると随分かわいい騎士じゃないか」
赤紫の髪と相まって厳格な雰囲気を持ったカリスタに一瞬物怖じしたが、優しい口調に一同はホッと安堵する。
だがどうもティナ達はこの女性にどこか見覚えがあった。
「初めましてカリスタさん、今日からここで研修させていただきます王国軍第三遊撃隊の隊長、ティナ・クロムウェルです。あのー......どこかでお会いしました?」
「んー、街中ですれ違ったりはしたかもね。でも、どっちにしろあんた達に面と向かって会うのはこれが初めてだよ」
どうも勝手な思い違いだったらしい。
言われてみれば確かにそうだと、ティナ達はとりあえずそこで落ち着くことにした。
「それじゃあ、各々あいつらに向かって自己紹介してもらおうか」
カリスタは思い切り息を吸い込むと。いまだ陽気な声で満ちたギルド内に生々たる声を響かせた。
「全員注目ッ!! あんた達に紹介したいやつらがいる! 取り乱さずに聞きな!!」
冒険者達は、それこそ訓練された騎士のようにパッと静まり返り、ティナ達の方へ視線を向けた。
マスターというだけあって、その威厳は確かなものなのだと、ティナ達は揃って実感した。
フィオーレとカリスタに促されて三人は前に出ると、何十人もの冒険者達を前に、ティナ達は幼なくも覇気を乗せた声を発した。
「初めまして、私はストラスフィア王国軍即応遊撃連隊、第三大隊から来ましたティナ・クロムウェルです! 本日より三日間、【フェニクシア】で研修をさせていただく事になりました、よろしくお願いします!」
「同じく第三大隊、フィリア・クリスタルハートです! お手柔らかにお願いします」
「第三大隊、クロエ・フィアレスです! よろしくお願いします」
フィオーレの言った通り、冒険者達はどよめき、ギルド内は先程に比べ騒然とした空気に包まれた。
当然の反応だ。長年関係芳しくない軍の人間が、いきなり研修に来たというのだから。
「どっ、どういうことなんだよ......、王国軍は俺らを目の敵にしてるんじゃないのか? それが研修って...」
「確かに私達冒険者と騎士は仲が良いとは言えないわ。でもだからこそ、友好に向けた最初の一歩としてこのような形を取った訳よ」
フィオーレがにこやかな笑顔で説明する。
冒険者ギルドと騎士の融和。これこそが、今回ティナ達を研修に誘ったフィオーレの大本命とも言える目的だったのだろう。
ティナとしても、冒険者との関係改善は望むべきものだった。
それが自然な形でここから始まるのなら、フィオーレに十分賛同できる。
しかし、その融和的な空気は次の瞬間に打ち砕かれた。
「何考えてんだよ"フィオ"! 騎士をギルドで研修させるなんざ正気の沙汰じゃねえぜ、暑さで頭やられちまったんじゃないだろうな?」
喧々とした声でそう言いながら人垣から出て来たのは、金髪でフィオーレと同じ、見た目十五歳くらいの男だ。
腰には両手持ちの剣が下げられ、さながら剣士といった風貌をしている。
「やっぱり来たわねレイル、あんたが一番の不安要素だったけどやっぱりその通りだったわ。これはマスターが取り決めた決定事項! 私達はそろそろ互いを見直す時期に入ったのよ」
「ありえねえな! いくらフィオやマスターが言おうとも騎士は絶対信用できねえ。たとえそれが年下の女でもな」
ギルド中からレイルにブーイングの嵐が起こる。
どうもこの男以外は、今回の話に乗り気な様子だ。
先のカリスタではないが、ティナにはこのレイルという男にも見覚えがあった。じっと見つめ、その容姿に心当たりが無いか記憶を遡ると、一つの情景がティナの頭から溢れ出した。
「あーーーーーっ!!! あなたずっと前、軍の募集看板の前で騎士と喧嘩してた人じゃない!」
それは、ティナがまだ毎日を退屈に過ごしていて、クロエとフィリアに出会う直前の記憶だった。
朝の買い物帰りに見かけた軍広報と剣士の喧嘩。その時の剣士が前にいる男本人だったのだ。
「喧嘩なんてしょっちゅうだからな、いちいち覚えてねーよ」
「あんたってヤツは......」
半ば呆れるフィオーレの横で、傍観していたカリスタがパンと手を叩いた。
「ここでグチグチ言ってても始まんないね。フィオーレ、この子ら連れてクエストにでも行ってきな。丁度こないだから採取クエストが残ってるし、騎士にはできない良い経験になるだろ」
「わっ、分かりました。じゃあ三人共、早速準備しよっか」
カリスタの指示に迅速な動きを見せるフィオーレ。
レイルはその場から立ち去ろうとするが、彼にも声は掛けられた。
「レイル、お前も行ってきな」
「はあああっっ!? マスターそれ本気で言ってんのかよ、軍とパーティー組むなんて聞いた事ねえぞ。俺は帰る!」
出口へと向かうレイルへ、カリスタは折り畳んだ数枚の紙を投げ付けた。振り向きざまに難無くキャッチするが、広げた紙を見たレイルの顔はドッと青くなる。
「あんたがここでした食事のツケ、その一覧だよ。三日以内に返せなきゃどうなるか......分かってるね?」
意味はその場の誰もが察していた。
レイルに最初から拒否権など存在しないのだ。
こうして、冒険者と騎士で構成された異色のパーティーが今ここに誕生した。
今回は序章の第2話を少し意識した内容でした、次話も誠意執筆中です。