第27話 原因
ーー王国軍アルテマ駐屯地、即応遊撃連隊第三執務室。
ゆとりのある部屋には本棚や掛け時計が立ち並び、その奥たるデスクで、窓と国旗を背に書類作業等をしていたエルド少佐は、ドッサリと置かれた紙の山を前に、重く深いため息を静かに吐いていた。
書類の内容は、重軽傷者を統計したものや、損失した装備とその数。各中隊からの報告諸々であるが、このような作業は得意分野に入るためそこまで苦ではないし、第三遊撃大隊の大隊長を拝命している身としてこなせて当然の作業だった。
そんな彼に頭痛を作っていたのは、指揮下にある一個の遊撃小隊である。
「ーー何故よりによって"三遊"がここまで接敵してしまったんだ......。元々試験的な運用も兼ねてのアクエリアス派遣だったが、支援どころか戦闘になるとは...」
エルドは至って冷静な人間だ。上からの命令には決して逆らわないが、それにリスクを感じた場合は越権や違反にならない範囲で危険の排除を試みる。
今回の第三遊撃小隊の配備位置も、推薦の意向を汲んだ上の立場を考え、展開はすれど支援に留まる配置にしたつもりだった。
「いくらあの四魔の隊長が推薦したからといって、子供に率いられた新米騎士など役に立たんと思って後方地区へ配置したのに、結果は全くの正反対......。くそ、ソルト大尉の言った通りただの餓鬼では無かったという事か」
脳裏でケラケラと笑われているような錯覚に陥る。ひょっとしたら、また『ドーラン』で姿を消して部屋に潜んでいるのではと勘繰る自分がいた。
疲労で心身共に疲れ果てているのかもしれない。ただでさえ軍上層部や王政府は『プラエドル』の調査で躍起になっているのだから。
「"十年前"の再来か......、亡霊が今になって何を企んでいる」
エルド自身あまり当時の記憶は残っていないが、十年前、同名の武装集団によって王城が襲撃され、まだ三歳だった第二王女が拉致されるという建国以来最悪の事件が発生したのだ。
巻き添えを受けた民間人も多数犠牲になり、第二王女の行方は現在も不明である。
軍や警務隊によってプラエドルの構成員は殆どが拘束され、組織は完全に消滅したと思われていたところにこれだ。躍起にならない方がおかしい。
休憩がてらエルドが記憶の掘り起こしにふけっていると、執務室の扉がコンコンと叩かれた。
別にサボっているわけではないが、そう見られても困るので慌てて姿勢を正し「どうぞ」っと入室を許可する。
入って来たのは夏にも関わらずスーツをカッチリと着込んだ、三十代後半程の男性騎士。だが、エルドはその人物を良く知っていた。
「ようエルド少佐、大隊長就任おめでとう。色々あったみたいなんで様子を見に来たが、相変わらず書類とにらめっこしてるんだな」
「これはローズた......いえ、少佐にご昇進されたんでしたね、おめでとうございます。あと、補足するならばこの山を構成する五分の一の書類は、お宅の娘さんが所属する小隊絡みのものです」
ローズには大尉時代世話になっており、そこそこ面識があった。
しかし、自分が少佐に昇進して階級が上になってからは話し掛け辛くなり、これが久方振りの会話だった。
「てっきり万年大尉かと思っていましたが、杞憂に終わって何よりです」
「君が俺に心配とは意外だな。なに、野暮用を大尉の内に終わらせときたかったんだ。それよりも、例の件だがーー」
ローズが何の用も無しに訪れるとは考えにくい、彼もとにかく情報が欲しいのだろう。なにせ、事件時に現役の騎士としてプラエドルと交戦した内の一人なのだから。
「はい、『プラエドル』に関しては現在各師団の偵察中隊が、目下全力をもって調査中。買収されたゴウン氏の私兵にも聞き取りを実地している最中です。また、パニックを避ける為大々的な発表や指名手配は見送るとの事」
それらしく言ったが、実際には正体も根城も不明。何もかも始めたばかりで情報らしい情報は0に等しかった。
ローズもそれを分かってか、「そうだろうな」と呟く。
「力不足申し訳ありませんローズ少佐。続報が入り次第そちらに流しますので」
現状ではこれ以上の対応は不可能であり、ローズも重々承知しているようだった。
自分達に今できることはただ待つ事だけだ。なんとも歯痒く、無力さに苛まれる実に不愉快な気分である。
「了解した、お互い引き続き情報を集めよう。俺も何か分かればそっちに送る。仕事の邪魔しちまって悪かったな、今度何か奢るからそれで手打ってくれ」
言い残すと、ローズはそそくさと部屋から退室してしまった。
別に気遣う程でもと思いながら、何を奢ってもらおうかと考えながら再び椅子に着いたエルドは、山盛りの書類を前に再び疲労と倦怠感に襲われた。
どうも根を詰め過ぎていると感じたエルドが、少し休もうとペンを置こうとした時だった。
一つの記憶が、感覚を通して彼の頭から再生された。
「疲労......、疲労といえばクロムウェル騎士長とフィアレス、クリスタルハート両二士から、休暇中にも関わらず研修の許可書が出されていたな。争乱から一週間ちょっとしか経っていないのに何のつもりだ?」
山の中を掻き分けながら探すこと一分。
出て来た数枚の紙を見たエルドは、怠さやそんなものをすっ飛ばして強烈な目眩を覚えた。
王国軍騎士が別の組織に研修へ行くことは、命令や本人の要望であれ別段珍しくない。
それでもエルドが驚愕した理由は、その研修先が原因だろう。
紙面に書かれていた三人の研修先は、王国軍が広報等において最大の敵とする民間組織。『冒険者ギルド』であったからだ。