第24話 動きだす影
「で、ミーシャから見て新しい仕事仲間はどうだった? なかなか面白そうじゃない?」
大小様々な瓦礫の散乱する白色のメインストリート。その一角、ミーシャは笑みを浮かべながら振り返ったルノから、逃げるように顔を逸らしながら言う。
「二等騎士の二人はともかく、隊長はバカよバカ! 他人の為に躊躇無く身を投げ出す生粋のバカよ。私が一番苦手なタイプだってわかるでしょ?」
「そうだね、"今の"ミーシャには合わないかもねー。でも、あのティナっていう隊長と一緒に過ごしてれば、きっといつかご両親の気持ちが理解できるかもよ」
言いながらミーシャに半分程となった水筒を投げ渡す。
慣れた動作で受けとると、彼女は苦い記憶を丸ごと流す様に、ぬるくなった水を飲み干した。
「ーーその話は無しだって言ったでしょ? 私の両親はもういない、他人を庇ったばっかりに......。それであんたの家に引き取ってもらったんじゃない。その折は一生感謝するし、恩も返すわ」
「別にもっと居たって良かったんだよ?」
「生活費って結構嵩むの知ってるでしょ? だから私は軍に入ったっていうのに、まさかあんたまで付いて来るとは思わなかったわ」
ルノは「えへへ」っと笑いながら足元に転がる瓦礫をスッと持ち上げた。『騎士スキル』を習得している者にとって、この程度の重さは朝メシ前なのだろう。
「さっ、休憩もそろそろおしまいにして片付けよっか! あんまり休んでると他の騎士に怒られちゃうよ!」
「......そうね、目の前の問題をさっさと片付けましょう! 日も照って暑いしね。そっちは私が持ってくわ」
◇
「あーあ......やっぱし五十体じゃ屋敷までは抜けなかったか、この国の軍隊も結構やるのね」
市内南東部に位置する小高い広場。転落防止の為設置された冊の上で、桃色の髪を細く引き締まった腰まで届かせながら、離れたコロシアムをしり目にその者は呟いた。
『しょうがない、最低でも十体はたどり着くという希望的観測にすがった結果がコレ。私たちはこの国の軍事機構を甘く見ていた』
使い古された通信機から聞こえる、氷の様に冷たく落ち着いた姉の声に、彼女は爪を甘噛みしながら不機嫌そうに返す。
「オークやゴブリンはともかくとして、"スケルトンメイジ"や"レッドオーク"まで阻止されたのは意外ね。買収したゴウンの私兵はちゃんと檻を開けれたの? 結構想定外なんだけど」
『それは言い訳。想定外というのは自己に対する甘えであり、思慮の浅さを現象に押し付ける無責任な思考。私達が真に考えるべきはそこじゃなく......』
思わず「ゲホン」と咳込み、姉の長びきそうな話を咳ばらいでかわすと、足をブラブラと泳がせながら本題に戻した。
「ともかく、今やんなきゃ『ルナクリスタル』は手に入らないんでしょ? なら取るべき手段は一つ。軍はいま後処理や救護で手一杯に違いないわ、クリスタルスワンプ庭に居残る警備を引きはがす為にも、もう一騒ぎ起こすのがベストだと思うの」
今大会の優勝商品であった、月の魔力を溜め込んでいると言われる超稀少鉱石『ルナクリスタル』。
彼女達の考える"物"を運用する為には、これがどうしても必要であった。
『同意する、だけど現実的な代案が用意できない。買収した兵も捕われ、敵対生物も殲滅されてしまった今、私たちに扱える駒はもう無い』
通信機の向こうにいる姉は極めて慎重だった。駒を失った棋士が勝負を諦めるのは、もう扱える戦力が消え去り、それをしっかりと認識しているからだ。
「駒が無いのね?」
それ故に、自らを戦力として数えボードに立つという妹の型破りな発想など持ち得ていなかった。
姉が気付いたのは、既に地面を離れたのか通信機から風を切る音が勢いよく鳴り始めた後だった。
「騒ぎは私が適当に起こすわ、丁度ヒューモラスのやつから貰った『ファントム』もあるしね。そっちも五分以内にルナクリスタル奪えるようにしててよ! あっ、良さそうなの発見! そんじゃあ頼んだわよ!」
それを最後に途絶えた通信から十秒程......。
薄い水色のショートヘアをフッと手で払うと、無鉄砲な妹に飽きれつつ、彼女は計画を進めるべくゴウン庭の大きな屋根で来たる突入の準備を始めた。
およそ一分後。予想とほぼ同じタイミングで、邸宅警備の騎士が駅へ向かって慌ただしく屋敷を飛び出して行った。