第2話 出会いときっかけ
「冒険者かぁ、一応そこも考えた事はあるんだけど......」
買い物を終えた帰り道、ティナは先程の店員の言葉を思い出していた。
『冒険者』、簡単に言えば何でも屋にも似たこの職は民間人からの依頼、通称クエストを受けてその報酬を得る事により生計を立てている。
昔は採取クエストや未開の地の探索が多かったが、敵対生物群が現れて以降、討伐クエストや商人の護衛等が多い傾向にある。
十三歳という低い年齢で雇ってくれる職場は少ない。友達のいない彼女は目指すものも無く、毎日を元騎士の父親と護身術の訓練に費やすか、外をぶらつくぐらいしかないのでずっと仕事を探していた。
だからこそ明確な年齢制限が決まっておらず、実力が伴えば仕事を受けられる冒険者ギルドこそがうってつけの場所であった。
実際、この国ではティナぐらいの年の子供は自営業を営む家の手伝いをするか、冒険者ギルドに入って相応の依頼をこなすというのが普通となっている。
だが、ティナはそこがうってつけだと分かっていながらも入る気にはなれなかった。
それは冒険者という職業はうまくやらなければかなりの低所得だという事と、ティナ自身が冒険者は自分の性に合わないと思っているからだろう。
彼女としては、せめて毎日おいしいご飯が食べて行ける程度の給料に、何かやりごたえのある仕事がしたい所だった。
そんな贅沢な考えを頭に巡らせながら中央通りを歩いていると、昨日までには無かった木製の大きな看板が見えて来た。よく見ると、看板の前には人が集まり何やらざわついている。
「なあ、いくら戦況が押されてるからって......」
「ここが最前線ならともかく、安全な王都で志願する奴なんているのか?」
人々の注目の先、ティナもそれを見ようと人垣をすり抜け看板に記された文字を見ようとした。
青と白が基調の軍服一式を纏い、長く鋭い槍を持った騎士が両脇に立つ看板には、王国軍からの急募と書かれた大きな紙が貼られていた。
「軍の募集看板か......」
すぐ傍で戦いが起こっている地域なら志願者も増えるだろうが、ここは守りの最も固い王都であり、そんな危険が伴う仕事をしたいと考える人は少ないだろう。仮にいたとしても軍に志願する人間が少ない理由はもう一つあった。
「もしモンスター相手に腕っぷしを披露したいヤツがいるなら、軍よりもウチのギルドに入れよ! 討伐クエストならいっぱい余ってるんだ!」
傍で掲示板を見ていた剣士の男が、周りの群集に向かって大声で叫んだ。
「「なっ!?」」
目の前で広報を邪魔された騎士達は、顔をしかめ声に出るくらいに動揺した。
このご時世、人気こそあるがその分トラブルも多い冒険者ギルドと、それの対処に追われる王国軍はあまり仲が良いとは言えず、たまにこうした小競り合いが発生する事がある。
「んー、それもそうだな。安全な王都で軍かギルドに入るってんなら、俺はまだギルドを選ぶよ」
群集の一人がそう言うと、剣士の男は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
周りも次第にギルド寄りの空気になり、冒険者に比べ人気の薄い王国軍に入隊したいと言い出す者は、結局一人も出なかった。
軍にもギルドにも入る気が無い人間は、皆掲示板から離れて行きいつもの日常へと戻ろうとする。ティナもその空気に従いその場から立ち去ろうとすると、掲示板の脇に立っていた騎士が、先ほどの剣士の数倍はある大声で叫んだ。
「国の為に騎士を志す者には寮制度を実地している! 衣、食、住は全て国が負担し、更に訓練中の者には毎月十二万スフィアの給料が支払われる!」
その場でティナの足が止まった。
「訓練を積み正規の騎士になった者には、更に多額の給料が支払われる事になるであろう!!」
ティナに続き、もう一人足を止める者がいた。
「騎士となり功績を上げれば王より勲章が渡され、誰に対しても胸が張れる様になる!」
もう一人足を止めた様だ。
「へー、寮なんてあるんだ......」
っと、やりがいのある仕事を探していたティナは国防ともう一つ、寮生活というものにも同時に興味が湧き思わず呟いていた。すると。
「多額のお給料......、しかも訓練中の費用0......」
ティナの右隣から少し震えた声が聞こえた。
「誰に対しても胸を張れる様になる......。そうすれば、もっと堂々と生きていける様に......」
左からも小さな声が聞こえた。
しばらくして、お互いの存在に気付かなかった三人は少々マヌケな表情で見つめ合った後...。
「「「ひゃっ!?」」」
同時に声を上げ、三人はネコの様に一歩後ろへ飛びのいた。
「もしかして、いっ......今の聞いてましたか? 聞いてませんよね!?」
慌てながらも敬語でそう叫んだのは、ティナの左隣に立っていた。やわらかな白髪をショートヘアに留め、髪の色と同じ白を基調とした服を纏う、ティナと同い年くらいの穏やかな容姿を持った少女であった。
「えっ!?」
突然の事にティナが動揺していると、反対側からも慌てた声が聞こえて来た。
「いや私......、別にお金に困ってる訳じゃないから!! 絶対に、断じてそんなんじゃないからぁ!」
っと勝手に自白したのは右隣にいた、こちらもティナと同い年くらいでサラっとしたストレートの黒髪を背中まで伸ばし、慌てふためく口元からは八重歯を覗かせた黒目の少女。
二人が顔を近づけ、これ以上に無いくらい慌てた表情でティナに問い詰める。
「べっ、別に何も聞こえなかったわよ。っていうかむしろ、あなた達の方こそ私のひとり言、聞いてなかったでしょうね?」
ティナが反撃とばかりに聞き返すと、二人は同時にチラッと、別の方向に顔を逸らした。
ーー場所を移し近くにあったレンガ作りの橋の上。三人は初対面ながら歳が同じという事もあり、すっかり打ち解けていた。
先程のひとり言に関しては、聞いてしまったならしょうがないという事で互いに開き直っていた。それどころか、さっきまで恥ずかしがっていたその話をネタに会話を盛り上げている状態に。
「いやー、やっぱ生きるのにお金は必要だよねー。ティナとは仲良くやれそうだよー!」
一応会ったばかりで名前を呼び捨てにするこの黒髪少女はクロエと言うらしく、家が貧乏で家族は母親一人らしい。
それでも、こうして初対面でありながらもガツガツと明るく接して来てくれるのは、同年代の子とあまり話をした事が無いティナにとってはありがたかった。
「うっ、うん! クロエちゃんとは仲良くなれそうだね......」
ティナが慣れない口調で答えると。
「そんなちゃん付けじゃなくてもクロエでいいよ。っていうかフィリア、お金には困ってないんでしょ? なんで王国軍に入りたいなんて思ったの?」
クロエが呼び捨てでいいと言うと同時に、フィリアという白髪を持つ少女に質問した。
「ええっと......私にはすごく立派な兄が居て、昔から何をしても結果を出し褒められるのはいつも兄なんです。そんな兄と自分をいつも比べてしまっていて......だから、王国軍に入って頑張ればきっと、もっと自分に自信を持てると思って」
若干自己嫌悪気味なフィリアに対し、クロエが励ます様に。
「へーっ、立派な理由じゃん! まあお兄さんの事はあんま知らないけど、フィリアにもお兄さんより良いところ絶対あるよ!」
「そっ、そうだよフィリアちゃん! 人間得意な事や不得意な事だってあるんだし!」
クロエに流されティナもフォローを試みたが、普段父親ぐらいとしかしゃべる機会の無い彼女は、テンパってつい棒読みになってしまった。
「ふふっ、ありがとう。ところで、ティナさんはどうして騎士になりたいって思ったのですか? 寮生活だけが目的では無いと思うのですが」
「ッ!?」
お金が欲しいという話は先程からずっとクロエがしているので特に抵抗は無いが、国を守る人間に憧れたとは何故か気恥ずかしくて話す気になれず。
「いっ、いや......実は、私のお父さんが昔騎士だったの、それに憧れて......」
とっさに父親を引き合いに出してしまった。本当は軍人時代の父親を知らないので、尊敬のしようも無いのだが。
「へー、ティナのお父さん昔騎士だったんだ! カッコイイー!」
それにクロエがおもいっきり反応した上に、傍ではフィリアまで興味深そうな表情をしていた。
「うっ、うん......やっぱり、王国軍ってこの国を守ってる人達なんだし、私もお父さんみたいになりたいって思って......」
「ティナはすごいなー、私はただ生活費が欲しいだけだからさ」
「私もその考え、見習った方が良いのでしょうか」
二人にそう言われてしまうと、急に恥ずかしくなりティナは思わず首を振る。
「入る理由は人それぞれだと思うし、二人の持ってる理由だって、立派な動機だよ!」
この二人を見ていると、自分はもう少し素直になるべきだとティナは痛感した。
「所でさティナ、さっきから気になってたんだけどその買い物バッグはなに? 材料とかが入ってるけど、もしかして買い物の途中だったんじゃないの?」
「へっ?」
ティナがマヌケな声を出すと同時に、頭の奥からは溢れ出す様に記憶が蘇って来る。自分が父親にトイレ掃除を任せ、朝ご飯を買いに行ったという古い古い記憶が...。
「いっ、今......何時?」
震えた声で忘れきっていた時間を聞いてみる。
「...もう十一時前です」
「うわあああああああああああああああ!!!」
全てを思い出したティナは、買い物バッグ片手に断末魔の様な叫び声を上げて、家へと向かいひた走った。
「えっ!? ちょっとティナー!」
クロエが制止の声を上げるが、昼が差し迫ったティナにそんな余裕は無かった。
「ゴメン! また後で戻るからー!!」
それだけを告げると、振り向きもせず走り去ってしまった。
「行っちゃいましたね......」
ティナが家に帰ってしまい、橋の上にはクロエとフィリアの二人だけが取り残された。
「あははっ、ティナはおっちょこちょいだなー。どうする? 昼過ぎくらいにまた来よっか?」
「そっ、そうですね」
走り去る友人の後ろ姿を見送り、二人は一度家に帰るべく帰路に着いた。