第100話 これが私の人生の宝
微睡み、まるで泥中に浸っているような感覚がティナをつつみこんでいた。
だが同時に脈打つ鼓動、自身の呼吸も感じる。
――起きないと
温かな闇を突き破って意識が飛び出す。
日光に満たされたその部屋は、王国軍アルテマ駐屯地の医療室だった。ベッドの上、ふと周りを見渡していたティナに、声が掛けられる。
「おはようティナ、よく休めた?」
流麗な黒髪を持った少女、クロエ・フィアレスだった。
「あれ? 私......」
記憶がおぼつかない、自分は何をやったんだっけ......。そんな沼に埋まった記憶は、優しい声に引き揚げられる。
「国を守ったんですよ、私達の本分を、ティナさんはきっちりやりとげたんです」
意識がハッキリする、プラエドルとの死闘。無我夢中で戦っていた記憶と同時に。
「クロエ! フィリア! ミーシャ! ルノ! みんな無事!? って――――いたたたッ」
全身が痛む。
「落ち着きなさいよ隊長、傷が開くわよ」
部屋の隅に、ミーシャが立っていた。その横には副隊長、ルノの姿もある。
「お疲れ隊長、生きててなにより」
ルノが微笑む。
「みんな......、みんなは大丈夫なの?」
「相変わらず他人第一主義ですね、少なくとも隊長よりは元気ですよ」
ミーシャの相変わらずの口振りは、渦のようになっていたティナの心を優しく解きほぐす。
「そうだティナ、置きたら言おうと思ってたんだけどさ、動けるようになったらあることがしたいんだ」
クロエが意気揚々と喋る。
「あること?」
「はい! 一生の思い出作りです」
◇ ◇ ◇
一ヶ月後――――
駐屯地の正門前、彼ら、彼女らはそこにいた。
「三脚よし! タイマーセットよし」
フィリアが魔導カメラの設定を行う。
それは以前、魔法道具デパートで、第三遊撃小隊が割り勘で購入したものだった。
「いつの間にカメラなんて買ってたんだか、お前の趣向も少しは大人になったってことかね」
完治したティナの頭を撫でるのは、父親カルロス・クロムウェル。その左腕には、すっかり懐いた仔猫ミニミが乗っていた。
「まあなんだ、お前よりか教導隊での育成過程が効いたんじゃねえのか?」
「ほお、俺よりローズの方が良かったって?」
「ローズ中佐、ぶっちゃけ教導過程はほぼ全部私任せだったじゃありませんか」
紅い髪の綺麗なルミナス少尉が、ローズとカルロスの間に入る。
「いやはや、一時期は万年大尉だと本当に心配してましたよ」
「エルドお前、まだそれを言うか」
「もちろんです、宴会のネタでも使いますよ――――しかし」
三遊の上司たるエルドは、こっ恥ずかしそうにするティナを見た。
「なんのために騎士になったか......、理由はもう分かったみたいだな」
エルドは聞こえないくらいの声で言うと、カメラへ正対する。
「あんま寄るんじゃねえフィオ!! 距離っつーもんがあるだろ!」
「これだけ人が多いんだし、別に良いでしょ?」
冒険者フィオーレとレイル。そして――。
「やはり155ミリ榴弾は最高ですよね!!」
「もちのろんっス! あれに勝る面制圧兵器はありません!」
聖導プリースト、ルシア・ミリタリアス。王国軍戦車乗りのセリカ・スチュアート騎士長。
相変わらず二人はミリタリー談議をしていた。
「随分多くなったわね」
ミーシャが腕を組む
「賑やかでいいじゃない、さっ、そろそろ撮るわよ」
フィリアがこちらへ走り、クロエと挟むようにしてティナの横へ立つ。
「ねえティナ」
「なに?」
クロエがティナの方を僅かに向く。
彼女だけじゃない、三遊の四人がティナの方へ向いていた。
「人生まだまだこれからだけどさ、ひとまずお疲れ様。そして――――ありがとう」
それは第三遊撃小隊の意思、同時に、ティナへ対する感謝だった。
「ッ......!! 私こそ、皆と出会えて本当に良かったわ!!」
全ての者が、最高の笑顔を見せる。
魔導カメラのシャッターは、その最高の瞬間を永遠の記録として残した......。
これは、ある少女の物語。
王国軍の騎士という道を選んだ少女の織り成す、光と蒼に満ちた世界の物語――――。