初めてのボーナス2
ボーナスという名目で体良くアルバトラスに爆弾を押し付けられた、と晶が気付くのにそう時間は掛からなかった。
「そこに置いて。あー違う、もっと壁に寄せてよ。そうそう、そこ」
運んできたベッドを床に置きようやく開放された晶は、腰椎を思いっきり反らせて拳骨でトントンと叩く。
「それにしても、もう少しマシなベッドはなかったわけ?」
アルバトラスが置いていったツン娘は容赦なく晶を顎で使った。格好はみすぼらしいのに態度だけはどこかの貴族の令嬢並にでかい。晶は辟易して答えた。
「しょうがないよ。俺たちは寝る必要なんて無いんだから、ベッドが見付かっただけでも奇跡って思ってもらわないと」
ベッドは建具整備係から借りてきたものだ。このベッドを見付けるのにどれだけ苦労したか、言っても少女には理解できないだろう。何しろ3時間洞窟内を走り回って漸く戻ってきた晶に向かって労いの言葉一つなく「遅い!」と罵倒したくらいだ。勿論その間、少女は手伝う素振りなど一切見せず部屋の中で寛いで待っているだけだった。
「まあいっか」
少女はそう言って、晶が組み立てたベッドにちょこんと飛び乗った。ベッドの端に座り足をぶらぶらと揺らしている姿はまさに天使そのものだ。見た目の可憐さと中身のギャップが果てしない。
(本当はこんなことしている場合じゃないんだけどな……)
晶は心の中で溜息をつく。
晶たち罠整備係は今一番忙しかった。というのも、先日の冒険者の襲撃によりダンジョン内の罠が大量に破壊されてしまったからだ。早く正常運転できるように、今も親方とミキちゃん――改めミキオ君のコンビは忙しなく働いているのだ。
「そろそろ仕事に行ってもいいかな」という晶のお伺いはしかし悉く無視された。
「ねえ、カーテンとかない? ベッドに天蓋を付けたいんだけど」
晶は肩甲骨をがっくりと落とす。本当に人使い――もといスケルトン使いの荒い女の子だった。
「カーテンは流石にないよ。ダンジョンに窓なんてないし」
「まさかうちの可憐な寝姿を、惨憺たる怪物の前に晒せっていうの!?」
「いや、そういうわけじゃないけど……。無いものはしょうがないっていうか……」
「はあ、もう良いわよ。うちもう寝るから、外に出ててよ」
そう言ってベッドに身を預け背を向ける少女。晶は開いた顎骨が塞がらなかった。
(お前が出てけー!!)
と心の中で叫ぶが声に出しては言えず、渋々部屋から出て行くことにした。そろそろ仕事をしなければいけなかったし、丁度いいと言えば丁度いい。
先日の冒険者の罠解除技術は目を見張るものがあった。早さと正確さのバランスを常に意識しているのだろう。解除の仕方は罠によってバラバラだったが、まるでその罠の仕掛けを予め知っていたかのような的確な方法をそれぞれ選択し解除していた。例えば、矢や槍などが飛び出る仕掛けの罠は空撃ちさせており、爆薬が仕掛けられている罠は火薬の位置にピンポイントで水がかけられている。無駄な解除を試みた痕跡は一切見当たらない。
チーム内で罠を発見、解除するのは盗賊の役目だ。晶の頭にあのアルミという名のプラチナブロンドの少年が浮かぶ。まだ16、7歳といった年齢だ。
「才能っていうのは恐ろしいもんだな」
晶は罠を整備しながら、高校生の頃の自分を思い出し一人ごちる。人より秀でた才能など一つも思い浮かばなかった。
今日予定していた分の整備が終わり晶が部屋に戻ったのはそれから随分経ってからだった。ダンジョン内には時計も無ければ窓も無いので時間の感覚が分かり辛い――親方の体内時計が正確だったため、彼と一緒にいれば日付の感覚だけは間違うことはなかったが。
晶が部屋に戻った時、少女はまだ寝ていた。晶が出て行った時と同じ姿勢、壁に向かって小さく丸まってすやすやと寝息を立てている。
(黙っていたら愛らしいのにな……)
晶はいつも通りアバさん地ビールを注いだ木製カップ片手に、親方とミキオ君の向かい側に座った。二人の距離は更に近づいており、もはやゲイにしか見えない程ピッタリとくっ付いている。
「ぷはー!」
カップを傾けぐびっとビールを流し込む。仕事終わりの一杯は格別だ。特に今日はとんでもない爆弾ツン娘を押し付けられたお陰でいつも以上にビールが美味しく感じた。
「それにしても、あのアルミって冒険者。若いのに凄い腕前ですよね」
晶は親方のカップにビールを注ぎながら仕事談義に花を咲かせる。
「罠の腕も剣の腕もぴか一で、おまけに美形なんだから世の中ってほんと不公平ですよ」
親方も無言で同意する。
「いやいや、親方の罠技術には到底及びませんけど。ミキオ君もそう思うでしょ? 罠は仕掛けるより解除する方が楽だし。だって解除するだけなら大まかな仕掛けさえ分かっていれば良いし、細かい機構や設計の知識までは必要ありませんからね。そう思うと俺達の仕事ってほんと報われないですよ。幾ら時間掛けて良い仕掛けを閃いても引っ掛かってくれなければ誰にも評価してもらえないんですもん」
「なに、してるの……?」
突然、背後から少女の声がして驚き振り返る。ベッドの上で少女が身を起こし澄んだ瞳で晶を見ていた。
「あれ、起こしちゃった?」
そう言って晶は指骨で頭をぽりぽり掻きながらベッドに近付く。
「3メートル以内に入ってこないで!」
「あ……ああ、ごめん」
少女のヒステリックな声に思わず足を止め謝る晶。
「何なの、あんた。何で一人で喋ってたのよ。不気味過ぎるわよ」
「え? 不気味? そりゃ確かに二人は無口だけど、これでも一応三人で盛り上がってたつもりなんだけど。--ですよね、二人とも」
親方とミキオ君は黙って首肯する。晶は「ほらね」と少女に向き直る。
しかし、少女は小柄な体を華奢な細腕で守るように抱え、その珠玉のような瞳を大きく見開き晶を見つめていた。
「何がほらね、なの? 冗談でしょ? ここにいるのは、うちとあんたの二人だけじゃない」
「いや、だから親方とミキオ君が……」
晶はもう一度テーブルの向かい側に目を向ける。そこにはピッタリとくっ付いた椅子が二脚と、アバさん地ビールが並々と注がれたカップが二つ、ポツンと置いてあるだけだった。
「あれ? 二人は?」
「だからうちが来てからずっと、この部屋にはあんたしかいないわよ! それともお化けがいるとでも言いたいわけ!?」
「嘘だ……」
親方もミキオ君もいつの間にか居なくなっていた。彼ら愛用の槍も剥き出しの岩壁に立てかけられたままだった。
「うちを怖がらせるのがそんなに楽しいの!? この変態ロリコン馬鹿!!」
「嘘だー!!」
部屋を飛び出す晶。背後から「待ちなさいよ!」と少女の声が聞こえたが、気にせず走った。
晶は手当たり次第、未整備の罠が仕掛けられている場所を回り二人を探す。
罠整備係は今が一番忙しい時期だ。二人は気を使って仕事に戻ったに違いない。何故なら親方は人一倍仕事熱心だったし、ミキちゃんも塩対応だったけどいつも真面目に働いていた。だから晶は居ると信じていた。
しかし、未整備の罠を全て回っても二人の姿は見当たらなかった。途方に暮れた晶は呆然と立ち尽くす。
(あれ、おかしいな……)
眼窩が滲んで前が良く見えない。頬骨に何故か水滴が垂れていた。
翠緑のペンダントが寂しげに輝き、晶の記憶がフラッシュバックする。
--鳴り響く警報音。立ち去る冒険者達。集まってくるダンジョンの住人。冷たい岩床に、虚しく転がる親方とミキちゃん愛用の武具。
拭っても拭っても眼窩から溢れてくる水滴に、晶はただ困惑していた。
「変態ロリコン馬鹿!!」
振り返ると、晶を追ってきた少女が小さな拳を握りしめ珠玉のような瞳で晶を睨み付けていた。
「うちだって怖いのに! ずっと一人で怖かったのに!」
必死に走って来たのだろう。その華奢な肩が小刻みに震えている。
「なんで勝手に一人にするのよ……!!」
涙で赤く腫れたその双眸は、それすら庇護欲を掻き立てる天性の武器に思え、晶はその女神のような美貌を備えた少女のことをとても愛おしく感じた。
「……うちを……置いて、いかないで……」
晶はその時ようやく、アルバトラスに与えられたボーナスの意味を理解した。