潜入者たちの冒険譚2
四人の冒険者は幾つもの死線を潜り抜けてきたのだろう、PvPメインのMMORPGをやり込んでいた晶の目から見ても彼らの連携は見事なものだった。
「ふん!」
フルプレートの大男が親方とミキちゃんの攻撃を戦斧で食い止める。
「いくっすよ」
間髪空けずプラチナブロンドの少年が親方の懐に飛び込み兇刃を振るう。親方はすれすれのところでその攻撃を盾で防ぐが--
「エンチャント・オブ・レジストファイア」
「ファイア・バースト!」
詠唱を終えた眼鏡の女が大男と少年の装備に火耐性の加護を付与し、ローブの男が杖の先から噴き出る火炎で味方もろとも親方とミキちゃんを飲み込んだ。
親方とミキちゃんは間一髪、盾に身を隠し上手く火炎魔法を凌いでいた。
晶はほっと胸骨を撫で下ろすが、二人が全身を激しく焼かれ既に満身創痍だということは明らかだった。それでも彼らは戦意を喪失することなく冒険者に向かって勇ましく武具を構える。
対峙する冒険者達もすぐに陣形を整え武器を構えた。
「このスケルトン達、中々しぶといっす」
「アルミは小さい方の相手をしろ。その間に大きい方を仕留める」
「了解っす」
「オルカは俺の支援を頼む」
「オーケー、ボス」
「イミーナは一応、浄化の準備をしておけ」
「はい、喜んで」
彼らはリーダーのフルプレートを中心に作戦を立て直し素早く動き始める。
弱者の活路は強者の油断にこそあるが、逆を言えば油断のない強者は弱者に負けることはない。彼らは間違いなく油断のない強者の方だ。
(このままじゃ、親方とミキちゃんもヤられてしまう)
晶は活路を見出すため必死に考えを巡らせる。せめて二人が逃げる時間くらい稼げれば良いが、小手先の策は通じそうにない。
ふと、集中の余りいつの間にか忘れていた腕の痛みを思い出す。
「あれ? 痛みがない」
痛みどころか、切り落とされたはずの腕も元に戻っていた。正確には手首から先の無くなったままだが、下腕骨は確かにそこに存在していた。
「な、なんだこれ……」
よく見ると断面の手首の関節部分がもぞもぞと蠢いていた。ゆっくりとだが勝手に再生していっているのが分かる。スケルトンの体になった役得なのだろうか。恐らくこのペースならあと数分もしない内に手首から先も元に戻るだろう。嬉しいが、非常に気持ちが悪い複雑な気分だった。
兎に角、腕が戻り痛みが引いたおかげでどうにか動けそうだ。晶は改めて辺りを見渡す。ここは晶たちの部屋から近く見慣れた場所だ。
晶の背後は曲がり角になっており、その先を数百メートル進むと死体の山が隠されていた部屋がある。対して親方、ミキちゃんの後ろには直線が続いており、数十メートル先には晶が初めて親方に仕事を見せてもらった部屋がある。銀メダルを収納した親方製の二重トラップ宝箱がある部屋だ。
(そうだ!)
晶の頭蓋骨に妙案が閃く--と言っても親方のトラップを発動させ警報音を鳴らすだけの単純な作戦だ。
しかし、警報音が数十秒鳴り続けるとその場所にダンジョン中の住人が集まりだす。これは晶が仕事をしているうちに覚えたことだ。
冒険者たちは強い。アバさんどころか、あの厳ついブタさんすらやられてしまっている。だが、ダンジョンの住人が総出で戦えば勝てるかもしれない。少なくともこのまま三人で戦って殺されるのを待つよりマシだ。
晶は後衛二人が呪文の詠唱に集中している事を確認し走り出した。
「あ、詐欺野郎が逃げようとしてます」
「馬鹿、詠唱を中断するな」
「馬鹿と言う方が馬鹿です。オルカも詠唱を中断したことによりこの法則はたった今、証明されました。オルカが馬鹿です」
「屁理屈はやめろ。--ボス! 死にかけがそっちに行ったぞ!」
「なんだと!」
フルプレートが攻撃を中断し後ろを振り返った時には既に、晶は前衛二人の横を走り抜けるところだった。
こう見えても晶は高校時代、帰宅部だった。毎日キンコンダッシュで鍛えたその足は、文化部出身者には負けないと自負している。
骨となって体が大分軽量化された今、その足は一般男性の平均的な速度と持久力に大分近付いていた。鎧を着ている冒険者達が相手であればそうそう追い付かれないだろう、と考えていた。
晶はミキちゃんの横を通り過ぎる際、その耳元に「必ず助けるから」と囁いた。気分は走れアキラだ。
「アルミ、奴を追いかけろ。魔術師アルバトラスのところには絶対に行かせるな」
「了解っす」
フルプレートに指示されたアルミは軽い身のこなしでスケルトンの横をすり抜け、凄まじい速さで晶を追いかけた。
「止まれっすよ」
「止まれと言われて止まる馬鹿がいるか」
「なら止まるなっす」
「じゃあ、止まらない」
「あー、ズルいっす」
「大人はズルいもんだ」
下らない押し問答を繰り返しながらも晶は全速力で走り続ける。アルミの足の速さは尋常ではない速さで、たった数十メートル先の部屋の扉が晶には途方もなく遠く感じられた。
徐々に距離が詰められる。晶も一心不乱に逃げたが、しかしアルミには敵わなかった。
「捕まえたっす」
アルミの伸ばした手が晶の肋骨を掴む。--が、その肋骨がいとも簡単にポキリと折れた。
「うわ!」と、思わずバランスを崩し転倒するアルミ。
晶は小さくガッツポーズを取る--が、とんでもなく痛かった。脇腹に走る激痛に、脂汗が滲むような気がする。それでもなんとか痛みに耐え走り続けた。
そして部屋の前まで辿り着き、勢いよく扉を開け放つ。
部屋の中央、如何にも罠が掛かっていますと言わんばかりに宝箱が置いてある。粗末で古びた見慣れた木箱が、今は珠玉が収められた宝石箱にさえ見える。
晶は滑り込むようにして宝箱を開けた。
『ビー! ビー! ビー!』と耳触りな警報音がダンジョン中に鳴り響く。
あとは仲間のスケルトンとブタさんたちが何とかしてくれるだろう。晶はホッと胸骨を撫で下ろし立ち上がる。親方とミキちゃんのピンチを救え、英雄にでもなれた気分だった。
「あー! 何てことするっすか」
遅れて部屋に入ってきたアルミが柳眉をひそめる。晶はムッとして言い返す。今ならどんな鬼上司にでも文句を言える気がした。勝者の余裕というやつだ。
「何てことするって? それはこっちのセリフだろう。お前達は面白半分でここに来てるんだろうが、こっちは仕事なんだよ」
「仕事っすか?」
「そうだ、仕事だ。お前みたいな未成年には分からんだろう。俺たちはこのダンジョンで毎日コツコツ真面目に働いているんだよ。骨だけにな!」
晶はズバッと指骨でアルミを指す。ドヤ顔だ。
「なるほど、毎日コツコツ真面目にっすね」
「そうだ、骨だけにな!」
「実は僕らは今回、依頼を受けてここに来てるっす。仕事っす。お互い真面目に仕事をしてるからお互いに引けないっす。だからここで真剣にケリをつけるっすよ」
「くっ……」
短刀を逆手に構えるアルミ。その気迫に晶はじりりと後退る。勝者の余裕はすっかり萎えてしまっていた。
「あー、逃げようとしても駄目っす。背中を見せた瞬間、後ろからブスリっすよ」
(こいつ本当に未成年かよ。コンビニ前で屯している怖い人たちより数倍ヤバい目をしてるぞ)
手首から先の骨はすっかり再生していた。晶は覚悟を決めて拳骨を構える。ケンカは苦手だし、武器を持った相手に素手で戦うなんて無謀過ぎることは重々承知している。取り敢えず細い肢体をクネらせ昔観たカンフー映画の構えを真似てみる。
「フォー……!」
「むむ、見たことない構えっす。やっぱり油断大敵っす」
二人は宝箱を挟み睨み合う。互いに隙を伺い一歩も動かない--正確には晶はビビって動けず、アルミは警戒して動かなかった。
晶は珍奇な構えを取りながら策を練っていた。
相手より有利な条件は唯一、体が再生することくらいだ。しかし、短時間で再生するものではないので捨て身覚悟で戦ってもバラバラに破壊されておしまいだ。
捨て身で受けられるのは一撃だけ。それ以上は逆に不利に働くだろう。痛いし。ならば一撃受ける代わりに一撃で致命傷を与えるまでだ。武器は拳骨だけではない。
晶は頭に閃いた作戦を実行すべく地面を蹴った。アルミに向かって真っ直ぐ走る。
対して冷静に晶の行動を観察するアルミ。晶が間合いの中に入った瞬間、的確に短刀を晶の頚椎目掛けて突き出す。
「フォァチャァッ!」晶は奇妙な掛け声と共に腰椎を折り曲げ、頭蓋骨を突き出す。
ガスっと小気味の良い音が響き、アルミの短刀が深々と晶の頭頂に突き刺さった。脊椎を駆け抜ける鋭い痛みに歯を食いしばり、気合いで身を起こして短刀もろともアルミを引っ張る。
アルミは咄嗟に身を翻し晶の頭頂から短刀を引き抜く。音もなく地面に着地し、素早く短刀を構え直して今度こそ確実に晶の頸椎に狙いを定めて短刀を振るう。
その時、晶の眼窩が微かに光った。
アルミは直感で何かを感じ取り、振りかけた短刀を引く。しかし、それより一瞬早く晶の中足骨が宝箱の蓋を蹴り閉じた。
--ビュン!
部屋の隅から矢が放たれ空気を切り裂き、宝箱の前に立つアルミの大腿部を鋭く射抜く。
「ッ--!」
端整な顔立ちを苦痛に歪め背後に跳ぶアルミ。晶も習って距離を取る。
「まさかその箱、二重トラップだったなんて……中々やるっすね」
傷は深いが致命傷ではない。アルミは大腿部に突き刺さった矢を抜くことなく痛みを堪えて短刀を構える。
その様子を見た晶は風穴の空いた頭頂部を両手で押さえ、心の中で眼窩を滲ませた。
(し、死ぬほど痛い思いをしたのに、全然効いてないし……!)
「アルミ! 一旦引くぞ!」
突然、入り口から野太い声がした。振り向くとフルプレートの大男がいた。その後ろにはローブの男オルカと眼鏡の女イミーナもいる。
「真剣勝負の最中っす。これが片付いたら行くっす」
アルミの言葉に晶を一瞥するフルプレート。「またコイツか」と吐き捨て、アルミに向き直る。
「そんな悠長な事は言ってられん。今のアラートで魔術師アルバトラスに気付かれた。作戦は失敗だ。折角死体置き場を作ってまで隠密に行動してきたが仕方がない。すぐに引かないと厄介なことになるぞ」
「そうです。アルバトラスに呪い殺されてしまうかも知れませんよ」
「それを防ぐのが聖職者の務めだけどな」
「むう……」
アルミが名残惜しそうに晶を睨む。
「勝負は一旦お預けっす。次に会った時は必ず殺すっす」
「アルミ、その方は既に死んでいます! スケルトンですもの! スケルトンに向かって殺すだなんて……、ぶふー! おかし!」
「……ただの比喩的な表現っすよ、姉さん」
「比喩的な表現……、ぶふー!」
「おい、良いからさっさと引き上げるぞ」
フルプレートの大男が構わず引き返す。続いて何が面白いのか腹を抱えて笑うイミーナをオルカが引きずるようにして連れて行く。
アルミはもう一度晶に向き直り「それじゃあ、またっす!」と元気よく手を振り、片足を引きずりながら彼らの後を追って部屋から出て行った。
台風が過ぎ去り静まり返った部屋で、晶はヘナヘナと座り込む。
「もう二度と来て欲しくないんですけど……」
遠くから近付いてくるアバさん、ブタさん達の声を聞きながら、晶は心の中で大きなため息をついた。