同僚の女の子
ダンジョンに就職して二週間。職場の雰囲気にも慣れ、仕事も大分覚えた。簡単な罠の点検なら一人でも出来るようになった。
罠の種類は豊富だ。槍衾が仕込まれた落とし穴、床や壁から飛び出してくる槍や刃や矢、落下する吊り天井、坂を転がってくる巨大な岩など。しかし親方が考えた罠に単純なものはない。
例えば、坂を転がってくる巨大な岩の罠は、転がる速度をセーブすることで侵入者をわざと数百メートル走らせる。その先に用意してあるのは水の張った落とし穴だ。散々走った挙句の水浴びで体力は相当消耗される。おまけに装備はビショビショ、体温は奪われ、動き辛い。ふと辺りを伺うとダンジョンの入り口近くまで戻って来てしまっている。自然と「一旦、町まで戻って出直そうか」となるわけだ。
親方はダンジョンに潜入してくる凶悪な冒険者を撃退するため、罠を使って相手を疲弊させたり戦意を削ぐのが上手いのだ。
晶はそんな親方を心から尊敬していた。
「親方! あっちの罠、点検しておきました!」
「……」
「あ! それ俺が持ちますよ!」
「……」
「いやあ、流石親方! 」
「……」
だが親方は寡黙な人だ。アバさんがいるので話し相手に困る事はないが、仕事の不満を共有し合えるような同僚が欲しいな、と晶は少し思い始めていた。
また、男子高、理系大学と進んできた晶にとって恋愛結婚は社会人になってからの同僚との出会い以外には考えられなかった。それなのにいざ就職してみれば周りが男性ばかりの職場では自然と不満は募る。アバさんやブタさんにも雄と雌がいるようだったが、幾らアブノーマルな性癖持つ晶でも人外は流石にお断りだ。
ということで、見回り中に偶然会ったアルバトラスに「女性の同僚を!」とお願いしたが、「うるさい」と一蹴されてしまった。
それから一週間後。しかしアルバトラスは晶の望みをしっかりと叶えてくれたのだった。
その日の仕事を終えた晶は親方と部屋で寛いでいた。
「今日も忙しかったっすねー!」
「……」
アバさん手製のビールをグイッと飲み干し、下顎についた泡を拭ったその時、建てつけの悪い木の扉がノックもなく開けられた。そこには相変わらず顔色の悪い老魔術師アルバトラスが立っていた。
「あ、社長!」
晶は慌てて木製のカップをテーブルに置き立ち上がる。このダンジョンの最高責任者であるアルバトラスのことは、一応社長と呼ぶことにしているのだ。
訝しげに晶を一瞥し、部屋に入ってくるアルバトラス。その後ろには見慣れない顔。
ほっそりとした手足は陶磁器のように透き通った色白。背が低く丸みのおびた体つきは、美人というよりは可愛い系だ。肩に垂れる栗色の毛髪(一本)が滑らかな流線を描き、女性らしさを演出していた。
「新入りだ」
アルバトラスは彼女を短くそう紹介すると、晶を連れて来た時と同じように素っ気なく部屋を出て行ってしまった。彼女は晶達の新しい同僚。つまり新人だった。
新人の子は伏し目がちに、チャームポイントのくり抜いたように大きく黒目がちな目で晶達を見詰めていた。その眼窩に落ちる空虚な影に、晶は魂が吸い込まれるような気がした。
「お、俺アキラ! よろしくね!」
アルバトラスが去ったあと、晶は緊張した面持ちで新人の子に話し掛けた。彼女も緊張しているのだろう、骨を硬くし晶に小さく頷き返す。
「あ、配属初日って緊張するよねー。でも大丈夫。仕事も初めはちょっと難しいかもしれないけど、少しずつ覚えていけばいいし、慣れれば意外と手抜き出来るっていうか……別に俺が不真面目って事ではないからね、ははは。あ、そういえば君、名前はなんていうの?」
「……」
(う……、初対面なのに一方的に話し過ぎちゃったかな)
女性に対する接し方が分からない晶は、期待と不安に胸骨を高鳴らせるのだった。
後輩の名前はミキちゃん。地方の大学出身で卒業と共に上京。本当はアナウンサーを目指していたけれど、旅行の際に見掛けた罠師の見事な技術に魅せられ物作りの世界に飛び込んできた。男の人が少し苦手で話し掛けられるとつい無視してしまうが、職場の先輩のことが最近少し気になる--というのが晶が後輩スケルトンに勝手に付けた妄想設定だ。
晶は優しく丁寧に、そして嫌らしくならない程度の明るさと距離を意識しながらミキちゃんと接した。
「ここの仕掛け床は少し強めに踏み込まないと作動しないから覚えておいて。あ、ミキちゃん細身だから両足で踏んだ方がいいかも」
「……」
「床を踏んだら直ぐに後ろに下がる。壁面の穴から矢が4本飛んできたらOK。矢を回収して穴の中に戻す。矢が足りなかったり、折れているのがあったら倉庫から新しいのを持ってきて補充ね。じゃあ早速やってみようか」
「……」
まだ心に壁があるのかミキちゃんは基本塩対応で、プライベート系の質問には一切応じない。「彼氏いるの?」なんて聞いた日には3日間は口を利いてくれないだろう、と晶は予想している。
教えられた仕事を一つ一つ真面目に覚えていくミキちゃんを見守りながら、晶は満足げにうなずく。可愛い後輩が成長していく姿を見る喜びは何にも代え難いものだった。
「……あ」
ミキちゃんが壁穴に矢を戻そうとして取りこぼす。晶はその後ろから咄嗟に手を伸ばした。
絹のような柔らかい毛髪が晶の腕をくすぐり、「ご、ごめん!」と、慌ててミキちゃんから離れる。同時に細くて白いそのうなじから、ふんわりと優しい香りが漂い鼻骨をくすぐった--ような気がした。
「……」
俯き押し黙るミキちゃん。晶は密かに頬骨を紅く染める。
(ミキちゃん……、可愛いよな)
床に落ちた矢を親方が黙って拾い穴にセットし直す。そんな姿をミキちゃんがじっと見詰めていることに晶は気付かないのであった。