72.満月の夜に
わしじゃ、アルブレヒトじゃ。
蟻共の島で、予備の帆やボートを失ってしもうたので、街で補充しておる。
ボートは中古の物を安く買って船に積む、しかし帆の方は大きさに合わせて縫製してもらうため、しばらく時間が掛かるようじゃ。
そんな訳で、しばらくはこの港街に滞在する事となった。
予定外のお金が出て行ったが、交易では順調に稼ぎを上げており、補填してもまだ余りある。
危険はあるが、貿易とは儲かるのじゃのぅ。
きっとローラの事じゃ、既にエイボン王国では特産のオーク材を使って、多数の船が作られておるじゃろう。
ジパングの位置に関しては、何枚かの地図を重ね合わせて検討した結果、目星がついておった。
蟻共の島から出てすぐ、海岸線は南東から北東に伸びるようになっておったし、順調に行けば二週間程度で着くと思われた。
そこでわしらは、冒険者ギルドに向かい、ジパングの言葉が出来るものを募集する事にしておった。
なにせ街に長く滞在するのじゃ、時間は大切にせねばのぅ。
数日後、クレイ達と船に積むボートを裏返しにして、水漏れの補修をしておると、まっすぐこちらに来る人物が居る。
赤黒い肌で黒い長髪、サーベルを腰に下げ身なりはあまり綺麗ではない、野性味溢れるおっさんじゃった。
「ギルドにてジパングの言葉が達者なものを探していると聞いたが、そちらで間違いございませんか?」
と、大きな声で話しかけてきた。
「わしらで間違いはないが、もう少しこっちに来て、小さな声で話さんか、港中からこっちを人が見ておるわい」
「失礼しました、私ユアサと申します。これからジパングに帰る所、宜しければ同行させて頂きたい」
まだ、声が少しデカイが
「よろしく頼む、わしはアルブレヒト。船の持ち主じゃ」
「して、船と言うのは・・・」
と、小声で聞くので、わしも察して
「もちろん、この小舟じゃないぞ」
船長に話を通し、船員兼通訳として雇うことが決まったのじゃ。
翌朝には帆も完成し、ボートも修理し積みこむと、ジパングに向け出港するのじゃった。
出港して二日ほど経ったある夜、それは濃い霧が出た、船長は海図を見て沖寄りに進路を取り、月明かりを頼りに進むのじゃった。
幸いにも今宵は満月じゃったしのぅ。
わしらも手が空いておったので、甲板に出て回りの見張りをしておった、大陸から離れても船同士の衝突がありうるからじゃ。
霧は濃く、息を吸えば鼻毛に水滴が着いて擽ったく、まつ毛に着いた水滴で目の前が滲む、視界は真っ白で船首から船尾が見えないほどじゃった。
そんな霧の中から不意に、わしらの船の右舷から並走するように真っ黒い船が現れたのじゃ。
「右に船、右舷に船だー、船長ー!」
甲板に居た船員たちは大声で叫び、船長も慌て操舵輪を回し、左へ舵を切る。
しかし、おかしなことに相手側の船は、舵を右に切って距離を取るどころか、左に切ってわしろの船とピッタリと距離を保ってきたのじゃ。
みなの頭をよぎったのは海賊じゃった、速度で振り切るまでは防戦するつもりで、甲板右舷に武器をもった船員が集まるのじゃった。
しかし、黒い船からは人が出てこない、頑張れば飛び移れそうな距離を維持して、わしらに何処からとも無く話しかけてくるのじゃ。
「ぉぇぅぁぉゃぉょゆゃぉぅぇぁぅんなひゃしゃぅぁくぉぉやくふれぅぁ」
わしらには、聞こえるが理解できない、知らない言葉なんじゃな。
不気味な声は、それからも暫らく続くが、ある時を境にピタリと止んだ。
そうこうしておると、今度は突然目の前には、切立った岩の岸壁が現れる。
「船長ー!前方に陸が、岸壁が!!」
あんなものに当たっては船など一溜まりもない!
依然として船は深い霧の中であり、発見した距離は、舵を切っても間に合うかどうかの近さじゃ。
右舷には黒い船、前方には岩の岸壁、船長が一か八かで全力で舵を左に切ろうとしていたその時じゃ。
ユアサが抱きつくように、操舵輪に取り付いたのじゃった。
船長が引き剥がそうとユアサと揉み合っているが、その間にも船は進みもう回避出来ない位置に近づいてしまっておった。
もはや、衝突は避けられぬ。
と、思ったがなんと船は岸壁をすり抜けると、そのまま海原を航行し続けたのじゃ。
いつの間にか黒い船も消え、霧が段々と薄くなってくる。
霧が晴れた時、月明かりに照らされて見えるのは大海原と遠くに見える海岸線だけじゃった。
後で聞いた話じゃが、ユアサは元船長で、今日と同じ出来事を経験しておったのじゃ。
そして最後の左舵で転覆して、船と荷と船員を失い、あのわしらと会った街の近くに流れ着いたそうじゃ。
わしらに語りかけてきていた声は、
「柄杓をくれ、柄杓をくれ」
と、言っておったそうじゃ。




