待ち伏せ
次の日は、暖かい風が吹いて、夏日になった。空がよく晴れている。もう少しすれば、きれいな夕日が見られそうだ。
私は、仕事帰りに自転車をこいで、防波堤沿いの道を走っていた。
自転車といっても、私が高校生の頃に乗っていた銀色のやつとは違う。今のは、えんじ色の車体だ。娘を乗せるチャイルドシートを、サドルの後ろにつけたママチャリ。前かごには、特売の食品が詰まってパンパンに膨らんだエコバッグが入っている。
私が昨日、ここで体験したことが、夢か現実か、それを確かめたくて来た。
私が15才の姿に変身して、高校生の男の子と会ったのは、たぶんこの辺り。私は、海を見つめた。沖に大きな島が見えて、すぐそばに小さな島がある。そうだ、ここだ。
このへんで座って、あの男の子が来るのを待とう。あの子は毎日、ここを通って、家へ帰ると言っていた。だからもし今日も、あの子が自転車に乗って現れたら、それは現実だ。夢じゃない。
私は昨日とは違って、35才のおばさんのままだし、彼はよもや、昨日ここで会った女子高生と同一人物だとは気づくまい。うふふ、探偵が変装しているみたいでワクワクしちゃう。本当に、あの子は来るかな。ドキドキしながら誰かを待つのって、デートみたい。こんな気持ち、久しぶり。
私は自転車を停めると、防波堤によじ登って座る。
彼は、なかなか来なかった。今日は昨日と違い、仕事がスムーズに終わって、定時で帰ってきたのだ。昨日は夕日が沈みそうな時間だったけれど、今は空がまだ青い。来るのがちょっと早すぎたのか。それとも、あれはやっぱり夢だったのかな。
そのうちに日がずいぶん傾いて、まぶしくなってきた。海面がキラキラと光っている。そのキラキラした光の上を、沖の方で滑るようにタンカーが横切っていく。海の上に漂う光をぼんやりと眺めていたら、うとうと眠りそうになる。
昨夜はよく眠れなかった。昨日、この海で体験したことを、繰り返し夢に見たせいだ。
鏡を何回も見直しても、私は15才の顔のまま。いつも使っているスマートフォンはいくら探しても見つからず、35才に戻れなかったらどうしようと、泣きそうになって自転車を飛ばして。何度もうなされて目が覚めた。
そのあと少し眠れたと思ったら、朝方になって、ひざの傷がじんじんと痛みだした。布団から出て、氷で冷やすとずいぶん楽になった。自転車をこいでも少し痛む程度だ。今夜は、寝る前に傷を冷やして、早く治してしまおう。今夜は――
「なつ」
誰かが、わたしの名前を呼んで、肩をつついた。
「ん……あ」
まぶたが重い。知らない間に、わたしは眠ってしまったらしい。頭の上からどろりとした液体が垂れるように、眠気が襲う。わたしは必死にそれを振り払い、目を開けた。顔を上げると、空はもう薄いオレンジ色に染まっている。
「めっちゃ、気持ちよさそうに寝てたな」
声のする方向へ、わたしは振り返る。