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あの夢は……現実?

 < 連絡先交換してないのに LINEで話せるの?


>そっちの電話番号 わかればできる

>知らない?

>それで 俺が誰かわかんなかったんだ


 立て続けに、すごい速度で返事が並ぶ。


 イマドキの子は、文字を打つのがどえらい早くて、私みたいなおばさんには、ついていけない。送られてきたメッセージを読んでいる途中なのに、急かすようにどんどん次のメッセージが入る。


 私は、バッターボックスに立って飛んでくる球を打ち返すように、夢中で文字を打って送信する。夕方に海で起こったことが、夢か現実かなんて、考える暇もない。


 < 知らなかった


>そうなんだ

>さっきは 何回か話しかけても反応しないから 拒否られたと思った


 その文章に添えられているのは、人物のイラスト。ムンクの叫びみたいなポーズをしている。メールの絵文字と同じ感覚で使われるイラストは“スタンプ”と呼ばれているらしい。


>家 帰ってから 忙しかった?


 彼が訊く。


 < ご飯を作って はるに食べさせた


>そんなことまでしてるんだ

>えらいね


 文章のあとに、人物の“スタンプ”がついていた。“スタンプ”の人物は、何かを期待するように揉み手をして、瞳をキラキラとうるませている。


>もしかして そっちも母子家庭?


 というメッセージが来た。


 < うん


 私は、反射的に答える。


 弟と一緒に住んではいるけれど、あいつは泊りがけの仕事で留守になることが多いし、娘のはると、ふたり暮らしみたいなものだ。


>だよな うちも同じでさ

>家事 めっちゃ手伝わされてる

>俺 だし巻き作らせたら かなりうまい


 彼からのメッセージが、勢いづいたように届く。


 もう、ため息が出そう。来るのが早いわ、量もたっぷり多いわで、じっくり読む余裕もない。彼は自慢しているようだし、とりあえず褒めればいいか。


 < わあ すごいね


 と、送っておく。実際、だし巻きって、ふわふわに焼くのは難しいみたいだ。


 彼から、返信文の代わりに、“スタンプ”だけが送られてきた。人物のイラストだ。両手の親指を『イエーイ』って感じに立てて、目からは涙がドッとあふれている。めちゃくちゃ喜んでいるみたい。そうかそうか、それはよかった。


 ――そのとき、風呂場から、佳祐が私を呼ぶ声がした。


「姉ちゃん。はるが上がるぞ」


「わかった」


 私が脱衣所でバスタオルを持って待ち構えていなくちゃ、大惨事が発生する。はるがびしゃびしゃに濡れたままで、家中を走り回ろうとするのだ。床と畳がベッタベタの水浸しになる事態は、回避せねば。肝っ玉戦隊★お母さん仮面の出動だ! 直ちに急行!


 < はるがお風呂上がるから話せない ごめんね


 私は急いで送信すると、そのままスマートフォンを置いて脱衣所へ走った。



 はるを寝かしつけたあと、自分もお風呂に入って、ようやく片付けを済ませた頃には、もう日付が変わる時刻になっていた。佳祐のイビキが、狭い家中に響いている。


 やれやれだわ。と、一息つきつつ、冷蔵庫からノンアルチューハイの缶を出そうとした。


 すると、スマートフォンの充電を促す警告音が鳴った。小さくても注意を引く音だ。せっかく寝ついたはるが目を覚ましちゃう。私はあわててスマートフォンをつかみ、充電器に乗せる。スマートフォンは、しばらく操作していなかったから、画面がスリープ状態でまっ黒だった。それが解除され、LINEの“トーク画面”が現れる。


 < はるがお風呂上がるから話せない ごめんね


 と、私が最後に送ったメッセージのあとに、彼からの返信が届いている。


>話が盛りあがったとこで いきなり終了かー

>まあいいや 明日また話そう


 メッセージはそこで終わっていた。


 私はスマートフォンの画面に触れて、彼と交わした会話を見返す。


 そうだ。晩酌なんてしちゃいられない。女子高生へ変身したのが、夢なのか現実なのか、その謎は、まだ解決していないのだ。

 

 35才の私の身体が15才に戻るなんて、未だに信じられない。あれは夢だったとしか思えない。でも実際、あの男の子からメッセージが送られてきた。やはり現実なんだろうか。


 私は、LINEの画面を操作して、あの男の子のプロフィールをチェックする。彼と会ったのが現実だという証拠が、何かあればと思ったのだ。


 プロフィールには、『拓途』という名前しか書かれていない。それと、犬の写真が載っているだけ。ゴールデンレトリバーのおでこに、眉毛がいたずら書きされている。のんびりした顔つきが、あの男の子にちょっと似ている気もした。でも、彼本人の写真じゃなければ、何の証拠にもならない。


 明日また海へ、あの男の子と会った防波堤沿いの道へ行くしかないだろうか。彼は毎日、あそこを通ると言っていた。この目でもう一度、あの子が実在するのか確かめたい。


 彼は、女子高生の姿になった私しか知らない。35才のおばさんがウロウロしていても、気にも留めないだろう。素知らぬ顔してすれ違えばいい。明日は、自転車通勤だ。どちらにしろ、あそこを通った方が近道になる。


 とにかく、今日はもう寝よう。あの夢のようなできごとに日常をひっかき回されて、もう疲れた。私はLINEの画面を閉じて、はるの眠る和室へと向かった。

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