謎の相手からの、LINEメッセージ
佳祐とはるがお風呂へ入っている間に、私は、気を抜いて休むことにした。ちゃぶ台に頬杖をついて、壁の時計を見る。まだ21時を過ぎたところだから、片付けものは、はるを寝かせてからやればいい。
床に置いた鞄の中で、短い電子音が鳴った。私がスマートフォンを出すと、LINEの新着メッセージが小窓に表示されている。
>拓途っていいます 俺のこと 覚えてますか
初めて聞く名前だ。どう読むのだろう。開拓の『 拓 』と、途中の『 途 』。普通に読めば、『た く と』だと思うけれど。
私はそういう名前の人に覚えがない。LINEは、知らない人から怪しいメッセージが来ることもあるし、無視しておこう。そう思った瞬間、もう一通のメッセージが届く。
>はるちゃんの迎えは 間に合った?
娘のはるを知っているなら、私の知人だろう。でも、誰だかわからない。私は怪しみながらも、LINEの“トーク画面”を開く。“トーク画面”は、チャットや電子掲示板とみたいな感じで、相手とメッセージのやりとりをする場だ。
>おぉやった! 既読ついたよ
>今から 話せる?
画面上へ、次々と新着メッセージが現れる。
こちらがLINEの“トーク画面”を開く。すると同時に、相手のスマートフォンの画面には、“既読”というマークがつくのだ。相手からも、こちらがLINEに接続したとわかってしまう。
私は、メッセージに返事をしようか、しばらく迷った。相手が変な人だったら面倒だ。でも、もし、『拓途』という人が本当に知人なら、無視はできない。
私ははびくびくしながら、メッセージの送り主を“友だち”に登録する。相手の正体もわからないし、気味が悪いけれど、仕方がない。
携帯メールで、知人の連絡先をアドレス帳へ載せるのと同じように、LINEでは、“友だち”と名前のついたリストがある。メールはアドレスさえ知っていれば、世界中に送れるのに、LINEは、“友だち”リストへ載せた人としか話せない。メッセージを送りたいなら、誰だかわからない人でも、“友だち”リストへ登録しなきゃしょうがない。
< ごめんなさい どなたですか 心当たりがなくて
私は返信する。
すると画面上に、イラストが表示された。うさぎが地団駄を踏み、泣きじゃくっている。
>海で会った
まるでうさぎが言ったみたいに、イラストの真下へメッセージが現れた。
私は、夕方に海辺で夢を見た。私が15才の姿になり、高校生の男の子に出会った夢。今、メッセージを送ってきた相手は、まさか、あの夢で会った彼なんだろうか。でも、身体が15才になっちゃうなんて嘘みたいなことが、現実に起こるはずもない。
< 本当に今日 海で会った人?
私はまだ完全に信じられないまま、送信する。
>じゃあ証拠 貼っとく
すぐに相手から返事がきて、その文章の下へ、写真が添付される。
その写真は、夢の中で見たのとまったく同じものだった。夕方に海で会った男の子が、15才の私をスマートフォンで撮った、あの写真。
>信じてくれた?
少し間を置いて、彼からメッセージが届く。
もし万が一、あれが夢じゃなく現実だったとしても、あの男の子とは、LINEの連絡先を交換せずに別れたはずだ。彼はいったいどうやって、私にメッセージを送ることができたのかな。