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祭りの夜に4

「あん」


 はるが、小さなこぶしを突き出す。


 手に握っているのは、わたあめの塊。はるは、手でちぎったわたあめを、拓途に『あーん』と食べさせようとしているのだ。


 私と拓途は、人ごみを避けて、八幡宮の奥にある石段へ横並びに腰かけていた。


 はるは、私のひざの上に座って、せいいっぱい腕を伸ばしている。さっきまで寝起きでぐずぐず言っていたくせに、拓途にあやしてもらったとたんに、すっかりご機嫌になって大はしゃぎだ


「はる、そんなに大きくちぎったら、お兄ちゃんが食べにくいよ」


 私は、はるをたしなめた。


「別に、これぐらい食えるし」


 拓途は意地になったみたいに、わたあめへかぶりつく。彼の鼻先からあごまで、白いふわふわが張りついた。


「やだもう、顔ベタベタになってるよ」


 私は、デニムバッグからウエットティッシュを出して、拓途の口の周りを拭く。


 彼は嫌そうに顔を背ける。 


「うわっ。そういうの、親みたいだし止めて」


 拓途は、首にかけていたタオルで顔を拭いた。紺色の字で、『ほかほか温泉』と印刷されている白のタオル。


 ブスッとした表情で、鼻の頭にわたあめをくっつけて、粗品のタオルでしきりに口元だけを拭いている彼。私はおかしくてたまらなくて、思わず吹き出す。


「何だよ。笑うな」


 ますます機嫌が悪くなる拓途。むっつりした顔が、どうしてこんなにかわいく見えるんだろう。


「だって……その服で、デートしてたんだよね。みずきさんと」


 思い返すと、拓途とみずきさんのカップルは、服装がちぐはぐで変だった。


 拓途は、首元がだらんと伸びたTシャツに、スウェットの短パン。まるで部屋着みたい。


 みずきさんは、ピンク色のかわいい浴衣で、髪もアップにして、すごく気合いが入っていたのに。


「うるさいわ! 家で寝てたのに、あいつらに無理矢理ひっぱってこられたんだ。王様ゲームで、デートしろって決められたから、断れないし」


 口を尖らせて、むくれる拓途。

 

「そっちは? 浴衣なんか着てさ。デートなんだろ」


 すねたような口調で、彼は訊く。


「デート? 違うってば! シゲくんとは、お祭りに来たあとバッタリ会ったんだよ」


 私はびっくりして答える。


 拓途は、勘違いしていたのか。


「偶然? それ都合よすぎるだろ」


 彼はまだ、疑っているみたいだ。


「本当だって。はるが、アンパンマンの浴衣でお祭りへ行きたいって言うから、ふたりで来たの。そうだよね、はる」


 私は、はるに言う。


「アンパンマンいっぱいよ!」


 はるは浴衣の袖を広げて、どうだ! と言わんばかりにアンパンマンの柄を見せつけた。


「それと私は、浴衣のつもりじゃなかったの。だけど、はるに着付けするついでに、うちの母がね、私にも着せようとして、しつこいの」


 子連れのおばさんが、お祭りに浴衣で出かけるのには、照れもあった。でも、白地に藍色の朝顔が咲いている定番柄で、地味な浴衣だからいいかと、母の勢いに負けてしまった。


 母も何か勘違いしていて、私がはるを連れて、誰かとお祭りでデートするものと思い込んでいたらしい。母は、バツイチの私にやっと新しい彼氏ができたと思い込んで浮かれていて、事実を突きつけるのは気が引けた。はるも『ママといっしょ』なんて喜んでいたから、浴衣なんかで来るはめになったのだ。


「はるは、ママもお揃いにしてほしかったんだよね」


 私は、はるに訊く。


「おしょろい!」


 はるは、嬉しくてたまらないように、歯をむいてニカッと笑う。


「わかった。わかったけどさ」


 拓途は、ため息をつく。そしていきなり、私の首にタオルをかけた。


「重田と会うときは、それ巻いてろ」


 私は意味がわからなくて、あ然とした。どうしてシゲくんと会うのに、タオルを巻かなくちゃいけないんだ。


「何でよ。これじゃ、おじさんの慰安旅行じゃないの」


 私は文句を言った。


 白地に藍の浴衣。首には、粗品のタオル。この格好はまさに、温泉地で宴会しているおじさんだ。


「何を言ってんだ。ちっとは自分のエロさに気づけ」


 拓途はなぜか、すごく怒っている。


「重田が、あんたの首筋ちらっちら、エロい目で見まくってたぞ」


 どうしてだろう。シゲくんと私とは、男とか女とかそういう関係じゃなくて、ただの友達なのに。


「つきあってる男以外には、肌とか見せるな」


 そして、どえらく古風なことを言う。


 おばさんの首筋なんて、誰も見ちゃいないと私は思ったけれど、言い返せる雰囲気じゃなかった。


「わかったよ。今日は、ずっと首にタオル巻く」


 私は、あきらめてそう答える。


「今は……巻かなくていい」


 拓途は、あわてたように身を乗り出す。


「あのさ。俺ら、まだつきあってるんだよな?」


 拓途が、不安げな目をした。


「これ、消さずにちゃんと保存してるし」


 拓途がポケットからスマートフォンを出して、私に画面を見せた。そこには、LINEの“トーク画面”が写っている。


 < 私を 彼女だと思われていいの?


>いいよ! いい! ぜんぜん いい!


 文章の下へ、“スタンプ”がついていた。うさぎのイラストが、『OKAY!』と書かれた紙を、頭の上へ高々と掲げて――


 ――それは2ヶ月前に、私と拓途がLINEで交わした会話。


 私達が、まだ知り合ったばかりの頃だ。拓途は、私の正体がおばさんだとは知らなくて、15才の少女だと信じていた。


 私はこのとき、拓途には別に好きな子がいると思っていた。だから誤解されちゃいけないと、彼をたしなめた。私はてっきり、拓途がふざけてこんな返事をしたのだと思っていたのに。まさか、彼が本気で私とつきあうつもりでいたなんて。

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