祭りの夜に3
「お前、うちの高校の生徒だな。どこかで見たことある顔だ」
シゲくんが拓途に確かめた。
「しかし、お前がうちの生徒だといっても、なっちゃんは、よく知らない男に家を教えるなんて、不安だと思うぞ」
シゲくんは、いかにも先生らしく穏やかに諭す。
「俺、この人の家、知ってます」
拓途は答える。
「この人は、姉ちゃんと職場が同じで、近くに住んでるし」
「お前の姉さんが、なっちゃんと同僚なのか。だったら、任せても……」
シゲくんはそう言いながらも、心配そうな顔だ。
「拓途、止めなよ」
みずきさんが、話に入ってくる。
「この空気、わかんない?」
彼女は、呆れたように笑う。
「先生と女の人が、いい感じになりかけてるでしょ。何で、割り込むかな」
みずきさんは、シゲくんと私の関係を、勘違いしているようだ。
「ちょっと待って。私達ふたりは、つきあうとか、そういうんじゃない。古い友達なの」
私はあわてて否定する。
シゲくんが、生徒さんにあらぬ誤解をされたらまずい。
「まあ……そういうことだ。なっちゃんが言うんだからな」
シゲくんも、浮かない顔をしていた。
「じゃあ、この人、俺が連れて行っていいっすか?」
拓途が、シゲくんに向かって、無愛想に訊く。
「なっちゃんは、本当にいいのか」
シゲくんが心配そうに、私の顔を覗く。
「連絡先、交換しよう。困ったことあったら、いつでも電話くれ」
シゲくんはジャージのポケットから、携帯電話を出す。
「あっ、先生、やっぱり口説いてる」
女の子達が、どっと笑った。
「お前ら、違うぞ」
シゲくんは、彼女達をたしなめる。
「交換はしたいけど、今は無理かな。また次回ね」
私は、娘のはるを抱っこしていて、スマートフォンが出せない。
「先生、残念でした。フラれちゃった」
水色の浴衣を着た子が、シゲくんの肩をなぐさめるように叩く。
「ウチらが、相手してあ・げ・る。元気出して」
彼女は、頭の後ろに手をやって、セクシーポーズをしてみせた。
女の子達がいっせいに笑う。
拓途も、呆れたみたいに笑った。
「行くよ」
彼は、私のわき腹をひじで軽く突っつく。
「拓途、本当に帰っちゃうの?」
みずきさんが、びっくりした顔で、拓途の腕をつかんだ。
「もういいだろ。命令クリアしたんだし」
拓途が答えた。
それにしても、『めいれいくりあ』って、何のことだろう。
「みずきは、かき氷食いたいんなら、あいつらと行けば?」
拓途は、みずきさんの友人の子達を、ちらりと見る。
「うん……そうしてもいいけど」
みずきさんは、不服そうに口をとがらせる。
「私なら、送ってもらわなくても大丈夫」
私は思わず、話に割り込む。
「娘が寝ちゃったし、わたあめは、家まで運んでもらわなくてもよくなったの」
私の腕の中で、娘のはるが、もう寝息を立てている。
わたあめは、はるが欲しがったから買ったのだし、この子が食べないなら、持って帰らなくていい。悲しいことに、拓途に家へ送ってもらう理由もなくなってしまった。
せっかくだし、わたあめは、若いカップルにあげた方がいいだろうか。
「よかったら、若い二人でわたあめ食べて。デートしてたんでしょ」
私が言うと、みずきさんは頬を染めて、ぷいとそっぽを向く。ちょっと素直じゃないけれど、この子は、拓途のことがすごく好きなのだと思う。
若い二人が上手くいくことを想像すると、泣きそうになる。でも、ここは、おばさんの出る幕じゃない。
「デート? 違う違う。これ、王様ゲームだから」
拓途は、びっくりした顔をする。
「王様ゲーム?」
私もびっくりして訊き返す。
それって、その昔、合コンで流行ったゲームのことだろうか。やったことはないけれど、ルールは知っている。くじ引きで、『王様』に選ばれた人の命令に、他のメンバーは、絶対に従うルール。イマドキの子が、王様ゲームなんてやるのか。
「うちのクラスで、LINEのグループ作っててさ。王様ゲームやったんだ。それで、出席番号17番と32番が祭りでデート! って命令されて」
さっき拓途が言った『めいれいくりあ』って、王様ゲームのことだったのだ。
LINEはメールと違って、大勢でメッセージを交換できるから、若い子はスマートフォンを使ってそういう遊びをしているのだろう。
「王様は、あいつ」
拓途が指したのは、水色の浴衣を着た女の子だ。さっき、ふざけてセクシーポーズをしていた子。
私の勝手な想像だけれど、もしかしたら、そのゲームは茶番だったのかもしれない。みずきさんの恋心を知るクラスメート達が、みんなで示し合わせて、拓途とくっつけようとした。真相を知らないのは、拓途ひとりだけだったりして。
「もういいよな? 王様」
拓途が、水色の浴衣の子に訊いた。
「そうだ。終わりにした方がいいな」
シゲくんが、場をとりなした。
「お前らは、そんなチャラチャラしたことをして遊んでんのか」
シゲくんは苦笑いする。
「デートってのは、好きな相手とするもんだろ。好きすぎてガチガチに緊張して、手も握れないで終わるのが、初めてのデートだ。俺らの時代はそうだった。なあ、なっちゃん」
シゲくんが、私に同意を求めた。
「えっ……そうかな。昔のことだし、忘れちゃった」
私はそこまで純真じゃなかったから、答えに困ってしまう。
みずきさんの友達が、『いつの時代?』『昭和より前?』『うわっ、古っ』なんて、こそこそと言い合っている。シゲくんは硬派だから、イマドキの子からすれば、化石みたいに見えるかもしれない。
「手つなぐくらい、普通にするよな」
拓途が、私の手を握る。その手のひらは、汗でべっとりと濡れていた。
彼はそのまま、私の手を引っぱって歩き出す。




