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祭りの夜に

「あっちいくの」


 娘のはるが叫ぶ。


 はるは真っ赤な浴衣を着て、わたあめの屋台を指さしている。先月、母に浴衣を買ってもらったあと、お祭りに行きたいと言ってきかなかった。


 はるは気がせいているのか、今にも走り出しそうだ。その手を、私はしっかり握りしめる。


 地元の小さなお祭りなのに、けっこうな人出だ。八幡宮の境内は、家族連れと若い子達でごった返している。人ごみのムンムンとした熱気のせいで、汗が流れる。


 浴衣なんて着ているから、暑くてたまらない。白地に紺の朝顔が咲いている涼やかな柄。でも、涼しそうなのは見た目だけ。母がはるに着つけをするついでに、私にも着ろとうるさく勧めるものだから、断れきれずに着てしまった。


 今日は一日、曇っていたおかげで、夕日を浴びて15才に変身してしまう心配はない。ちょうど仕事も休みで、明るいうちに、はるとお祭りに来ることができた。


「アンパンマン」


 はるは、アンパンマンの絵柄がついた袋に手を伸ばす。パンパンに膨らんだ袋の中に、わたあめが詰まっているのだ。私は屋台のおじさんにお金を払う。はるは、両手で袋を抱えて、アンパンマンの絵に頬ずりをした。


「はる、ママがアンパンマン持ってあげる」


 私はわたあめの袋に触れた。


「いや」


 はるは、わたあめの袋をしっかりと守るように抱いて、離そうとしない。ひとりでちょこちょこと歩いて、先へ行こうとする。はるの身体よりも大きな袋だ。前がまったく見えないだろう。まるで袋が歩いているみたいで、危なっかしい。


「はる、待ちなさい」


 私はあわててあとを追う。


 はるはすぐに、前から歩いてきた男性にぶつかる。


「おっと」


 男性は、はるが転ばないように、両手で受け止めてくれた。


「すみません」


 私は男性に駆け寄って謝る。


「いえ」


 こちらを向いたのは、見覚えのある顔。太い眉に、角ばったあご。体育の先生みたいな服がよく似合っている。ポロシャツにジャージのズボン姿だ。


「あれっ、シゲくんじゃないの」


 私は思わず、呼びかける。


「えっ」


 シゲくんがびっくりしたように、私の顔を見る。


「誰だかわからないかな? あれから17年も経ったからね」


 私が訊くと、シゲくんは一瞬、ぽかんとした顔をした。


「奈津です。神崎奈津。シゲくんが大学へ行くときに、東京へ引っ越して、それから連絡取ってなかったでしょ」


 私は名乗った。


「何だよ、おい。なっちゃんか」


 シゲくんの顔が、嬉しそうにくしゃっと崩れた。


「おばさんになっちゃったから、私のこと、わかんなかったよね」


「俺もおじさんだもんな。しかし、よく俺だってわかったな」


「シゲくんは、ぜんぜん変わってないよ」


 私は嘘をついた。本当は、30代の大人になった彼を知っている。


 先週に、私はシゲくんに会った。でもあのとき、私は15才の姿に変身していたから、名乗ったら変に思われそうで、自分の名前を言えなかった。


「なっちゃんは、色っぽくなったな。浴衣美人ってやつだ」


 シゲくんはニヤニヤしながら、お世辞を返してくれる。


「褒めたって、何も出ないよ」


 私は照れくさくて、そう突っぱねる。


「そういう返事は、おばさん丸出しだけどな」


「おじさんは、ひとこと余計なのよね」


 私達は、顔を見合わせて笑った。


「おじさんと一緒に行くか」


 シゲくんは、わたあめの袋と一緒に、はるを軽々と抱き上げる。はるはびっくりしたのか、足をバタつかせた。


「この人は、ママのお友達だから大丈夫」


 わたしが声をかけると、はるはシゲくんのシャツを握った。


 シゲくんは身長があるから、人ごみの中で、頭ひとつ飛び出ている。彼に抱っこされると、高くて怖いのかもしれない。彼の肩の上に、はるの不安げな顔がちょこんと覗いている。


 そのあと、シゲくんと並んで歩きながら、身の上話をした。


 私は子連れバツイチになって、実家へ帰ってきたと話した。彼はずっと独身を通していたそうだ。今日は仕事で、お祭り会場の見回りをしているらしい。


 シゲくんの腕に、腕章が巻かれている。そこには『県立中浜高校』と大きく書かれていた。


 その学校名を見た途端に、拓途の顔が浮かぶ。そういえば、シゲくんは、拓途が通う高校の先生をしているんだった。


「高校生も、けっこうお祭りに来てるのかな」


 私はシゲくんに訊く。


 拓途も来ているだろうか。偶然すれ違って、彼の顔を見られたらいいのに。私はおばさんだから相手にされないって、はっきりわかったくせに、あきらめきれない自分が情けない。


「会場を回ってる間に、うちの生徒は、ちらほら見かけたけどな」


 シゲくんが答える。


「1時間もしたら、見回り当番は終わるんだ。なっちゃん、あとで飯でも一緒にどうだ?」


 彼が夕飯に誘ってくれた。私はどうしようかと迷った。


「先生」


 突然、黄色い声が飛んでくる。ピンクや水色、色とりどりの浴衣をまとった女の子の集団が、シゲくんめがけて走ってきた。高校の生徒さんだろうか。シゲくんはあっという間に、彼女達に囲まれる。屋台のわきの空き地に、華やかな浴衣姿の円陣ができあがった。


 若い子の弾けるような勢いに気後れしているうちに、私は輪の外へ押し出されてしまう。


「きゃあ、この子かわいい」


 涼しげな青色の浴衣を着た子が、はるの顔を覗き込んだ。


「先生のお子さんですか」


 彼女は、シゲくんに訊いた。


「いや、違うんだ」


 女の子達の好奇心いっぱいの視線にさらされて、シゲくんがたじろいでいる。その様子がおかしくて、私は横を向いて笑いをこらえた。


 ふと、隣の人の手に目が止まる。大きくて、指が長くてきれいで、拓途の手によく似ていた。私は思わず顔を上げて、その人の顔を見る。


「拓……途」


 私は息が止まりそうなほど驚いた。まさか、本当に彼に会えるなんて。

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