どうして怒るの?
わたしに背を向けたまま、拓途は砂浜を歩いて行く。
「拓途、待って」
わたしは彼のあとを追う。サンダルが砂に埋もれて、思うように走れない。
「待ってってば」
わたしは大声で、拓途を呼び止めようとした。彼はわたしの声が聞こえていないのか、こちらを振り返りもしない。ひとりでさっさと防波堤を越えて行ってしまう。
わたしもどうにか防波堤をよじ登って、拓途に追いつく。彼はもう自転車にまたがって、ペダルに足をかけている。
「長話しちゃってごめんなさい。あの人、わたしの古い友達でね、17年ぶりに会えたの。だから、つい嬉しくて」
わたしは大急ぎで、防波堤のわきにしゃがみ込み、自転車の鍵を開ける。
もし、わたしが元通り35才だったら、本当はもうちょっと話をして、シゲくんの近況をくわしく知りたかった。今は15才の姿をしているせいで、自分が『神崎奈津』だと名乗れず、他人のふりしかできなかったのが悔しい。
「シゲくん、拓途の高校の先生になってるんだね。びっくりしちゃった」
わたしは、拓途を見上げる。
拓途がもの言いたげな目でわたしを見て、ペダルを踏み込む。
「ちょっと、拓途」
わたしもあわてて自転車にまたがり、スピードを上げて、あとを追いかける。
相手の話を無視するなんて、拓途らしくない。さっき砂浜から防波堤をよじ登るときだって、拓途はいつもと違い、わたしに手を貸してくれなかった。
「ねえ、怒ってる?」
わたしは必死にペダルをこぎながら、拓途に叫ぶ。
「どうして。わたし、何か悪いことした?」
わたしは大声で呼びかける。拓途は、わたしがここに居ないみたいに、知らん顔をした。
「止まって。どうして怒ってるのか教えて」
彼はちゃんとした理由もなく怒る子じゃない。なのに、拓途はわたしの質問には答えない。ただ黙りこくって、自転車をこぎ続けている。
「わたしと一緒にいるの、嫌なのかな」
わたしは、拓途の背中に大きな声で問いかけた。拓途がほんの一瞬、動きを止める。でも彼は、すぐに何事もなかったようにペダルを踏み込む。
「拓途、ずるいよ」
わたしは自転車をこぐ足を止めて、ありったけの声を張り上げる。拓途が急ブレーキをかけて、驚いた顔で振り向く。
「前にね。わたしが『会うの止めよう』って、言ったときがあったよね。あのとき、拓途は『どうしてそれをひとりで決めた?』って、わたしに訊いたよ。それで、『俺らふたりのことだから、一緒に決めよう』って言った」
あれは、拓途と出会って間もない頃のことだ。わたしは、娘のはるとの暮らしだけで目が回るくらい忙しくて、彼と会う時間が作れなかった。わたしは拓途に相談しようなんて思いもせずに、ひとりで勝手に『会うのを止める』と決め、一方通行の思いを彼に押しつけた。それなのに、拓途はわたしを責めず、ほんわかした笑顔で、間違いを気づかせてくれた。今、思えば、あの瞬間、わたしは拓途に恋したのかもしれない。
「拓途は思いやりのある子だから、わたし、好きになったんだよ」
わたしは泣きたい気持ちで叫ぶ。
理由も言わずにひとりで腹を立てて、黙って帰ろうとするなんて、拓途らしくない。彼がそんな自分勝手な態度を取るのが信じられなくて、わたしは混乱していた。
拓途が自転車にまたがったまま、わたしを見ている。彼は、なぜか、笑いをこらえるような表情をしていた。
「へえ。なつは、俺のこと好きなんだ。初めて聞いた」
拓途は思い切り目尻を下げる。




