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ふたりの男

「なつ」


 突然、頭の上の方から、大声で名前を呼ばれる。拓途の声だ。


「やっぱり、なつだ」


 拓途が防波堤に両手をついて、嬉しそうな顔をしている。


「今、そっち行くから」


 拓途は防波堤を軽々と越えて、砂浜へ飛び下りる。彼はすぐに、わたしのそばへ走ってきた。


「いつもの制服着てないし、髪型も違うから、誰かわかんなかった」


 拓途は、わたしの頭にポンと手を置く。わたしは茶色い髪をふたつに分けて束ねて、お下げにしていた。拓途は、まぶしそうに目を細める。夏の太陽に照らされて、海面がキラキラと輝いているから、彼はその光がまぶしいのだろう。


「防波堤の横に、なつの自転車が停まってるのが見えてさ。それで俺、なつがここにいるってわかったんだ」


 拓途はわたしの髪をくしゃっと触る。


「なつ、何で海に来てるんだよ。俺、公園で待ってろって言っただろ」


「ごめんなさい。これから、公園に行こうと思ってたの」


 もしも拓途が、わたしの自転車に気づかずに通り過ぎていたら、場合によっては、わたし達は行き違いになって会えなかったかもしれない。


「まあ、いいよ。俺も早く来すぎちゃったし」


 拓途の顔に、汗がだらだらと流れている。制服のシャツもべったりと濡れていた。拓途は、わたしを待たせないように大急ぎで自転車を飛ばして来たのだろうか。


「ごめんね」


「もういいから。暑いし、早く帰ろう」


 拓途は、わたしの肩に腕を回そうとする。


「ちょっと待って」


 わたしは拓途の腕をするりとかわす。帰る前に、シゲくんにあいさつをしておこうと思った。


 シゲくんは、懐かしそうな顔でわたしを見ている。


「あなたも『なつ』さんっていうんですか。偶然だな。私の知り合いの子も、同じ名前なんですよ」


 シゲくんは、はにかんだように笑う。


「そうなんですか。本当に、すごい偶然」


 その知り合いの子がわたしです。なんて言う訳にもいかない。仕方なく、シゲくんに調子を合わせて微笑み返す。


「おい、お前。帰るのか」


 シゲくんが、わたしの後ろへ大声で呼びかけた。


 拓途がわたしに背中を向けていた。彼はズボンのポケットに手を突っ込んで、防波堤の方へ歩いている。わたしがすぐに帰ろうとしないせいで、拓途はしびれを切らしたのかもしれない。


「お前、うちの生徒か」


 シゲくんが拓途に尋ねる。拓途は顔だけをこちらに向け、かすかにうなずく。


 シゲくんは、拓途の通う高校の先生のようだ。わたしの同僚の咲和ちゃんが、拓途のお姉さんだったように、またありえない偶然が起こった。縁って不思議なものだ。


「彼氏?」


 シゲくんがわたしに訊く。


 わたしはどう答えようか迷って、拓途の表情をうかがう。わたしが拓途にとって特別な存在になれたら、どんなに嬉しいだろう。でも。


 拓途は今朝、彼の幼なじみの女の子に、わたしを『彼女』だと紹介してくれなかった。わたしの正体は35才のおばさんだし、仕方がない。今はわたしが15才の姿のままだから、相手にしてくれているだけ。若い男の子がおばさんとつきあうなんて、そんな夢みたいなこと、あるはずがない。


 拓途は怒ったようにそっぽを向き、わたしを置いて、さっさと先へ行ってしまう。


「帽子拾ってくれて、ありがとうございました」


 わたしはシゲくんに頭を下げる。彼は笑って首を横に振った。


「きっと、風が、あなたに引き合わせてくれたんですよ」


 シゲくんが、ごつい顔に似合わぬキザなことを言う。わたしは吹き出しそうになるのをこらえて、彼に笑い返した。

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