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彼の幼なじみ

 拓途が玄関へ鍵をかけたあと、わたし達は黙って、うつむいたまま向かい合う。お昼までちょっとの間、離れるだけなのに、名残り惜しくて『じゃあね』が言えない。


 わたし達がそうしているうち、向かいの住宅の戸が開いた。中から、制服姿の女の子が自転車を押して出てくる。涼やかな瞳の女の子だ。この子が大人になれば、すれ違う男の人がみんな振り返るような、美しい女性になるだろう。


 彼女は、わたしとは違って、短いスカートだったり、髪を染めたり、派手な格好はしていない。肩にかかるサラサラの黒髪。ひざ上丈のスカートを履き、学生らしいさわやかな感じだ。


 その子のスカートは、拓途の制服のズボンとまったく同じ色の、薄いグレー。彼女も、拓途と同じ高校に通っているのかもしれない。


「この子って……どういうことなの」


 彼女はわたしを見て、驚いた顔をした。きつい口調で、拓途に訊く。


「お前には関係ない」


 拓途は怒ったように答える。


 彼はわたしと『つきあっている』とは言ってくれない。拓途の家に泊まったことで、わたし達は、お互いに特別な存在になったと思っていた。でも、拓途にとっては、そうじゃなかったんだ。


 今は15才の少女の姿をしていたって、わたしは35才のおばさん。高校生の男の子に、まともに恋愛対象として見てもらえるなんて、勘違いしたわたしが馬鹿だった。あきらめにも似た寂しさが、わたしの胸に広がる。


「うちのばあちゃんが死んだの、いつだっけ」


 唐突に、拓途が彼女に訊いた。


「何よ、急に」


 彼女は一瞬たじろぐ。


「確か……小学校入る前の年じゃない?」


 彼女はそれでも、すぐに答えを返す。拓途の突飛な言動には慣れているようだ。この子は、小さい頃から拓途を知っているのだろう。拓途の幼なじみかもしれない。


「そうか。みずきに訊けば、わかると思った」


 拓途は表情をゆるめる。


「ばあちゃんが死んだの、小学校入る前だって」


 彼はわたしに向かって言った。


 わたしは話の中身よりも、拓途が彼女を、『みずき』と、呼び捨てしたことの方が気になる。拓途は、姉の咲和ちゃんを呼び捨てにするのと同じように、親しく彼女を呼んだ。


 拓途が初めてわたしを『なつ』と呼び捨てにしたとき、彼は、『誰でもそういう風に呼ぶわけじゃない』と言ってくれたのに。わたしは寂しかった。


「ねえ、何? その髪型。変だよ」


 彼女が、吐き捨てるように拓途に言う。彼は戸惑った顔で、わたしを見た。わたしは『大丈夫、格好いいよ』と言う代わりに、拓途に微笑みかける。


「そういう感じ、拓途じゃない」


 彼女は腹立たしそうに言い、自転車にまたがる。そして、汚いものを見るような目をわたしに向けてから、走り去った。


「何だ、あいつ」


 拓途はムッとした顔でつぶやいた。すぐに、拓途は気を取り直したように、わたしに笑いかける。


「じゃあ、あとで公園でな」


 わたしが15才の姿をしている間は、スマートフォンが手許にないから連絡が取れない。拓途の授業が終わったあと、わたし達は、保育園の前にある公園で待ち合わせをする。拓途は今日、アルバイトがお休みで、午後は、わたしの家へ遊びに来たいと言った。


「うん」


 わたしは拓途に手を振る。拓途が路地の出口で振り返って、こちらへ向かって手を上げる。拓途の姿が角を曲がって消えるまで、わたしは彼を見ていた。

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