できたてほやほやの紳士
拓途は、不機嫌な顔で、ベッドの上を片付けている。彼はふと、濃いグレーのテーラードジャケットを手にした。ジャージ素材で、少しカジュアルな感じだ。
「ベッドの上になんて置いたら、ジャケットがしわくちゃになっちゃう」
わたしは思わず口を出してしまう。
「いいよ。どうせ着ないし」
拓途は、ジャケットをベッドのわきへ放り出す。
「どうして。もったいない」
わたしはびっくりして訊く。ジャケットの袖口に、値札がついたまま。一度も着ていないのかもしれない。
「親戚のオバさんが、『あんた、もう高校生でしょ。もっと大人っぽい格好しなくちゃ、モテないよ』って言って、買ってくれたんだけど」
拓途は、ふと唇を噛む。
「それで、俺がこれ着ようとしたら、母親も咲和も、家族みんなで寄ってたかって『うわっ、地味! 存在感、薄いわ』なんて笑うしさ。だから、派手にしようと思って、すそに柄の入ったパンツとか合わせると、『小学生か!』って、一斉にツッコミ入るし。大人っぽい服って、どうしたらいいか難しすぎる」
彼は、しょんぼりと肩を落とす。
「今、拓途が着てる服に合わせたら? シンプルな方が、大人っぽく見えるし」
わたしは提案した。
紺色のマリンボーダーTシャツ。拓途はその上へ、白い綿シャツを羽織っている。下は濃い色のジーンズ。高校生の男の子らしい、ごく平凡な着こなし。
綿シャツのボタンを閉めて、襟元にボーダー柄をちらっと見せるのは、どうだろう。ジャケットとの合わせ技で、少しは大人っぽくなるかも。
「この上にジャケット? 地味だろ」
拓途は、戸惑った表情になる。
「うーん、そのまま羽織るだけじゃ、ダメだね」
わたしは考え込む。
体格のいい大人の男なら、シンプルな装いも品よく見えるのに、拓途は胸板がペラッと薄くて、そうもいかない。貧弱で、服に着られたみたいになってしまう。
「そうだ! シャツの重ね方を、反対にすればいいよ」
わたしは、いいことを思いついた。着方を変えるだけで、服の印象はけっこう変わる。
「白シャツの上へ、紺のボーダーTシャツを重ねるの。上下を、今と逆にするってこと」
「それって、何か変わる?」
拓途は、あまりピンときていない様子だ。
「だまされたと思って、着替えてみて」
わたしには、確信があった。それで、彼は大人の男に変身するはず。
「……うん」
拓途は、納得いかないような顔をしつつも、シャツを脱ぐ。背が高くてひょろひょろの体型。それが却って、プラスに働くかもしれない。
「シャツを着直すときは、ボタンを上まできっちり留めてね」
わたしは口を出す。そうすることで、拓途の身長を生かして、縦にすらりとしたラインができあがるのだ。
「そんな細かいの、どうでもいい。暑いし」
彼は、面倒くさそうな顔をする。
「だって、そうしたら、拓途が格好よくなるんだもん」
わたしは言い返す。
彼は、不満そうに首を傾げたものの、わたしの勧めるままに着替えをした。わたしは、拓途にジャケットを着せかける。ジャケットは細身で、彼の身体のラインにぴったりと合う。
「どんな感じ?」
拓途が訊いた。
わたしはじっくりと彼の姿を眺める。
「うん。大人の男だね」
わたしは冷やかす。
できたてほやほやの紳士が、きょとんとした顔をして立っていた。
「これで完成?」
拓途は窓際へ行くと、身体を左右にひねってみせる。外は暗いから、ガラス窓が鏡のように、彼の姿を映し出す。
「すげーな。服って、着方でこんなに変わるもんなんだ」
拓途がしみじみとつぶやく。
「そうよ。だからその服で、クロックスの偽物とか履いちゃダメなの。コーディネートが全部、台無しになるからね」
わたしは釘を刺す。べたっと幅広いスリッパみたいなサンダルは、履きやすいけれど、今の彼の服装には合わない。
「何を履けばいいの」
拓途は、すがりつくような目をした。
「いつも学校へ行くときに、履いてる靴は?」
黒の3本ラインの入った、白いスニーカー。拓途は高校生だし、かちっとしたトラッドシューズを合わせなくても、カジュアルなスニーカーでいいだろう。
「そうか。それでいいんだ」
拓途の目に、ほのかな自信が浮かんだ。それが次第に、拓途の顔をほころばせて、やがて彼の全身を包む。頼りなげに丸まっていた拓途の背中が、まっすぐに伸びる。
拓途は、顔が整っているとはいえない。犬のゴールデンレトリバーみたいで、見ていると、ほのぼのしちゃう顔。それが、ほんの少し服に気を配るだけで、見違えるほどいい男になった。彼は身長が高いから、立ち姿がきれいに見える。
「拓途、格好いいよ」
わたしは褒めた。
拓途は嬉しそうに目尻を下げて、近寄ってくる。彼は、わたしの肩に手を置いて、額へキスをした。
その夜は、拓途と手をつないで眠った。彼はわたしにベッドを譲って、ベッドサイドの床で、タオルケットに包まっている。本当は、ふたりでベッドに入って、くっつきたい。でも、そこから先へ進めないのなら、拓途は辛いだろう。
そして――わたしは、15才の姿のままで、朝を迎えた。




