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ありえない偶然

 わたしは、両替をするためにコンビニへ入る。近くにあった棚から適当にガムを選んで、まっすぐレジへ向かう。そして千円札とガムをレジ台に置いた。


「これ、使えない」


 店員の大きな手が、千円札をつかむ。


「偽札だろ?」


 わたしはびっくりして顔を上げる。拓途がコンビニの制服を着て、目の前に立っていた。


「えっ、あの、何してるの」


 わたしは動揺して、思わず拓途に訊く。


「こっちが訊きたいよ。あんた何しに来た」


 拓途はわたしを睨みつける。


「わたし別に、拓途に会いに来たんじゃない。お札を崩したいから、たまたまこの店に入ったの」


「ふうん。ありえない偶然だな」


 拓途は冷めた表情をした。


「それとさ。この札、崩せって言われても無理」


「どうしてよ」


「これ偽札じゃないか。千円札にそっくりだけど、微妙に違う」


 拓途は、わたしが出したお札をこちらへ突きつける。それは、夏目漱石の肖像が描かれた旧札だ。わたしが高校生の頃には、これが普通に使われていた。今、使っている新札に切り替わったのが10年くらい前だし、拓途は旧札を知らないのかもしれない。


「偽札じゃない。これは、本物のお金だよ」


「ホンモノ?」


 拓途がわたしを馬鹿にしたように笑った。


「これ、本物じゃないって。金なんて、ここで働いてて散々見てるから、それぐらいわかる」


 拓途が、自信たっぷりに言い放つ。


「裏っかわの絵が、本物は富士山なのに、これは鳥だ」


 拓途は、旧札の表裏をひっくり返す。そこには、翼を広げて向かい合う2羽の鶴が描かれている。


「表側のおっさんの髪型も、なんか違う。誰だ、これ」


 拓途は夏目漱石の顔も知らないくせに、ずいぶん偉そうな口ぶりだ。


「自分が見たことないからって、偽物だって決めつけないで。このお札は、本物だから」


「どう見たって、偽物だろ」


「じゃあいい。どこか、替えてくれるお店探す」


 わたしは、拓途の手から旧札をひったくり、彼に背を向ける。その途端に、涙がこぼれる。久しぶりに拓途と会えた。なのに、つまらない意地を張ってしまった。ちっとも素直じゃない。わたしは大人なんだから、もっと冷静に話せたはずだ。こんな頑なな態度じゃ、拓途から余計に嫌われてしまう。


 わたしはコンビニを出て、あてもなく歩き始める。旧札を両替してくれるお店なんて、簡単に見つかるとは思えない。もう母に電話するのは止めて、うちのアパートに帰るしかないだろうか。わたしはあきらめかけた。


 そのとき。


「なつ」


 わたしは大きな声で呼ばれた。


「なつっ、かんざきなつ」


 拓途がコンビニの前に立って、わたしの名前を叫んでいる。わたしだけじゃなくて、辺りを通っていた人がみんな振り返った。


 拓途はわたしを睨みつけて、大股でこちらに歩いてくる。彼はわたしの前に立つと、ズボンのポケットを探って財布を出す。


「俺が両替してやる」


 拓途は財布の小銭入れを覗いた。そして困った顔になって「うわっ、足りない」と小声でつぶやく。


「いくら要るんだ。貸す」


 拓途が無愛想に言う。


「じゃあ20円貸して」


「20円?」


「母に電話したいの。今、はるを預けてるから」


 拓途はしばらく黙ってわたしの顔を見ていた。そして、彼はズボンの後ろポケットに手をやって、スマートフォンを出し、わたしに差し出す。


「これ使え」


「でも、それは悪いよ」


 拓途はいら立ったように、スマートフォンを押しつける。わたしは仕方なく、それを両手で受け取る。すると、拓途はわたしの手の上に、ポンと財布を置く。


「えっ、何で?」


 わたしはびっくりして拓途の顔を見た。

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