人は、中身なの?
「食う前に、はっきり言っとくけど」
拓途が私に、先制パンチを放つ。
「寿司おごられるくらいで、俺はあんたを許さない」
私達は回転寿司の店に入って、ボックス席へ案内された。拓途はふてくされて、テーブルにひじをつく。
「そんなのわかってる」
私は、はるをひざの上に座らせて、湯飲みにお茶を注ぐ。
拓途は、寿司が回るレーンに目を向ける。さっそく、中トロの皿に手が伸びた。1皿に1貫だけ乗っているから、価格は他のネタの2倍。その高級なネタを、拓途はいっぺんに2皿も取った。彼は、あっという間に皿を空にする。次に、うなぎが1貫だけの皿を取る。
この店では、寿司はすべて1皿105円だ。それでも、拓途がこのままハイペースで高いネタばかり食べるとしたら。私は痛い出費を覚悟した。
「私は、そういうつもりで『おごる』って言ったんじゃないよ」
私は拓途に湯飲みを差し出す。
「はるに夕飯を食べさせたいし、拓途と話す時間も作りたい。こうするしかなかったの」
私は卵焼きの寿司を取る。はるが食べやすいように箸で半分に割った。はるは卵焼きを手づかみで口に入れる。はるが残したシャリを私が食べる。
「ふうん。優しいお母さんやってんだ」
拓途は、シャリだけが残った皿をちらりと見る。
「でも、ネカマより性格悪いな、あんた」
「『ねかま』って、何のこと?」
私が知らない言葉だ。カニカマみたいな寿司ネタだろうか。
「そんなことも知らないのか」
拓途は面倒くさそうな顔をする。
「男が、女のふりしてサクラメールとか出すやつ」
「さくらメール?」
私には、拓途の説明がさっぱりわからない。暑中見舞いの『かもめーる』ぐらいしか頭に浮かばない。
「それも知らないか……あんたと話すの面倒くさい」
彼は頭を抱える。
「『ネカマ』も『サクラ』も、どっちもメールとかインターネット使って、本当の自分を隠して人をだますんだ。ネットだと顔が見えないし、相手の正体はわかんない」
「私は、拓途をだますつもりはなかった」
自分が35才だということを、黙っていたのは悪かったと思う。私は、15才の少女の姿をして拓途に会い、元の35才に戻ったあとも、正体を明かさないで、彼とLINEでメッセージをやりとりした。LINEでは顔を合わさずに話せるから、拓途は、35才のおばさんを15才の少女だと思い込み、恋をしてしまった。
確かに、私はひどい。でも私には、彼をだまそうなんて悪意はなかった。
「じゃあ、何がしたかったんだ、あんたは」
拓途の声が大きくなる。私は、はるを抱いて守る。はるは身体をビクッと震わせて拓途を見た。
「ああ、もう、悪かったよ、大声出して」
拓途はいら立った口調で言う。
「どう言えばいいんだろ」
彼は乱暴に頭をかく。
「言葉じゃ上手く説明できない」
拓途は、手元の皿を見つめる。そして、寿司飯の上に乗ったうなぎだけを口にする。シャリだけの丸裸になった寿司を、私に差し出した。
「ほら、寿司だよ。食えば」
「何を言ってんの」
私は、ムッとした。
拓途はサーモンの寿司をレーンから取り、ネタだけを食べる。シャリだけの皿が、私の前にもう一つ置かれる。
「寿司って」
拓途は、私を諭すように言う。
「ネタを剥いじゃえば、みんな一緒だ」
「だけど普通、飯の上に乗ってるネタ見て、この寿司を食いたいって思うんだよな」
彼は、ボックスシートの背もたれにひじをついてそっくり返る。
「寿司食いに行こうって誘われてさ。こんな風に飯だけ出されたら、あんたどう思う?」
拓途が私の容姿を、寿司ネタにたとえている。もし私が15才の姿をしていなければ、恋なんてしなかった。拓途はそう言いたいんだ。
「それでも俺をだましてないって、あんたは言えるのか」
拓途は、私を睨みつける。返す言葉がない。私が拓途の想いを裏切ったことは確かだ。




