ナンパされちゃった!
「あの」
拓途が、私に話しかけてきた。
「LINE使ってます?」
「えっ? LINE?」
私は、聞き違いだと思った。
「あんた、ナンパしてんの」
咲和ちゃんが冗談を言う。
「神崎さんに手出しちゃダメ。小さい子のお母さんだからね」
咲和ちゃんの言葉を、拓途は無視する。
「LINE使ってますか」
彼は真顔で、もう一度、私に訊く。
「いや、使ってはいるんだけど……」
私は、35才のおばさんの姿で、拓途と話すのが初めてだ。彼の立場からすれば、私と初対面のはず。そんな相手に、あいさつもなしに、LINEを使っているかを訊くなんて。何を考えているんだ。
「拓途、やめてよ。神崎さん困ってる」
咲和ちゃんが、拓途に怒る。
「ごめんなさい。この子、先月スマホ買ったばっかりで浮かれてるんです。今、LINEで“友だち”を増やしまくってて」
彼女は私に謝った。
「そうなの。おばさんをナンパしてくれて嬉しいな。拓途……くん」
私は、拓途と話せてとにかく嬉しい。どさくさにまぎれて名前を呼んだ。10日ぶりに口にした彼の名前は、甘酸っぱい響きがする。
拓途は驚いたように、私を見つめる。
「恥ずかしいから、早く帰って」
咲和ちゃんは、拓途を急かす。
拓途は、ゆっくりと自転車にまたがる。一瞬ちらっと振り返って、もの言いたげな目をしたあとで、ペダルを踏んで走り去った。私は、彼の背中が見えなくなるまで目で追う。
「神崎さん、すみませんでした。あいつ変な子でしょ」
「ううん。久しぶりに若い男の子としゃべって、女子高生みたいにときめいた」
私はおどける。咲和ちゃんが呆れたように笑った。
「神崎さん、鍵ください」
「あっ、そうだ」
私は咲和ちゃんに鍵を渡した。赤いタグがついて、『通用口』と書かれている。
「咲和ちゃん。これ、店の鍵じゃないの」
店の従業員通用口の鍵だ。店長と社員だけが持つ、大事な鍵。
「えへへ。昨夜、私が店を閉めて帰ったんですけど、今朝、家から持ってくるの忘れちゃった。店長には内緒ですよ」
咲和ちゃんが、ちょろっと舌を出した。




