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わかりあえないふたり

「何を隠してんだ? 言えよ」


 拓途がわたしに迫る。


「おら、早く」


 わたしはどうするか迷った。このまま、拓途の前で日没を迎えて、わたしの身体が35才に戻るのを待ち、すべてを正直に告白するか。『わたしは、15才のふりをして、あなたをだましていました』と、彼に謝ればいいのか。そうしたって、拓途の心は、修復できないくらい傷つくだろう。


 わたしは、彼をだますつもりなんてなかった。ただ、拓途に正体を知られたくない一心でごまかした。いつもその場しのぎで、拓途に嘘をついていた。今もそんな風に、嘘でとりつくろって逃げるべきなのか。


 どうするか決められずに、もたもたしていれば、わたしは拓途の前で35才に戻ってしまう。時間がない。


「拓途」


 わたしは彼に訊いた。


「大人のわたしを知りたい?」


「え?」


 拓途は戸惑った顔をする。


「わたしは、拓途が思っているような『女の子』じゃないの」


 正体を明かそうと、わたしは心に決めた。


「本当は、大人の女なんだよ」


 心の準備をして、ぎゅっと目を閉じる。わたしが35才だと知ったら、拓途はどんな顔をするだろう。彼の反応を見るのが怖い。もう夕日が沈んでもおかしくない頃だ。もし夕日が、わたしを15才の少女に変える元凶なのだとしたら。もうすぐ35才の姿に戻るはず。


 そう思った。そのとき、いきなり突き倒された。拓途がすごく強い力で、わたしを洗面台の上に抑えつける。


「やだ、ちょっと」


 わたしは驚いて目を開ける。拓途がわたしの上に覆いかぶさった。彼はわたしの首筋に唇を這わせる。耳元に荒い息がかかる。むっとするような、男の体臭がする。


「いやっ」


 わたしは叫んだ。


 拓途の手が、ベストの中へ乱暴に入ってくる。その手がブラウスの上から、わたしの胸をぎこちなくなで回す。ブラウスのボタンに指がかかる。


 拓途が顔を上げた。うつろな目をしたこの男は、わたしの知っている拓途じゃない。怖くてたまらない。拓途のいつもの笑顔が見たかった。相手をほっとさせる笑み。くしゃっと下がる目尻。


 拓途は片手でブラウスのボタンを上手く外せず、いら立ったようにベストをまくり上げる。わたしを抑えつけていた拓途の手が離れた。


 わたしは彼の頬を、平手打ちする。バチッと、大きな音がした。拓途は一瞬、何が起こったかわからない様子だった。


「何で」


 彼は、ぼんやりと私を見つめてつぶやく。


「なつがどうしたいのか、よくわかんない」


 拓途はひどく混乱しているようだ。


「なつは、いつもそうだ」


 拓途の声が裏返った。


「自分から誘っといて、さんざん俺の気持ちひっかき回して逃げる」


「わたし、誘ってない」


 拓途は、わたしの言葉を聞いた途端に、泣きそうな顔をする。


「誘ってたろ。『わたしは女の子じゃない。大人の女だ』って。だから……理性ぶっ飛んで、襲った」


「え、何で?」


 わたしはびっくりして訊き返す。わたしの言ったことを、拓途がそんな風に受け取るなんて、思いもしなかった。


 拓途はわたしの正体が35才の大人だと知らない。彼は、わたしの言葉を聞こえたまま素直に受け止めて、わたしがセックスへ誘ったと勘違いしたのかも。


「違うの。そういうつもりじゃない。わたしが言おうとしたのは」


 わたしは自分の言葉が足りなかったことに気づいて、説明しようとした。


「もういい」


 拓途は怒鳴って、わたしの言葉をさえぎる。


「なつのこと好きだ。だけど、もう一緒にいたくない」


 彼は言い捨てて、外へ出て行く。


「拓途、違うから。ちゃんと話を聞いて」


 わたしもベストのめくれ上がったすそを直して、外へ飛び出す。


 公衆トイレの外へ出ると、外は真っ暗だ。私は驚いて足を止める。トイレの中がすごく明るかったせいで、余計に外が暗く見えるのかもしれない。


 だんだんと目が暗さに慣れてきた。私は、拓途を探す。公園の出口から、自転車にまたがって、去っていく背中が見える。


「待って」


 私は彼を追いかけようと、足を踏み出した。すると、私の足は、白いドライビングシューズと、ジーンズを履いている。


「あっ」


 私は、35才の大人に戻ってしまった。もう拓途を追いかけることはできない。私は、拓途の誤解を解くことができない。

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