ついうっかりと、恋に落ちそうになる
現在、35才のわたし。それが、万が一にも、15才の姿になったなんてことが、あるだろうか。そんな馬鹿な話が、現実にあるはずないとわかっている。それでも一応、自分の姿がどうなっているか確かめようと思った。
「このへんに鏡はないのかな」
わたしは辺りを見回した。近くにカーブミラーがあればと思ったけれど、見当たらない。
「鏡? ……あれじゃないの」
制服姿の男の子が、わたしの立っている後ろを指す。
振り返ると、自転車が倒れていて、そばには、口の開いた通学カバンと、その中身が派手に散らばっている。わたしはそこまで走った。
「これ全部、わたしの」
自転車は銀色で、ハイビスカスの花のシールが貼ってある。わたしが高校生の頃に乗っていたやつだ。わたしが乗ったあと、弟がお下がりで使うからって、地味な色を選ばされた。だから、せめてもの抵抗で、ちょっとは可愛くしたかった。わたしは地面にひざをついて、懐かしいシールをなでる。
通学カバンには、ハローキティのマスコットがついている。キティちゃんの顔に、マジックで書かれたぶっとい眉毛。弟の佳祐が、いたずら書きしたのだ。あの頃、あいつは小学3年生だった――
――なんて、思い出にふけっている場合じゃない! 早く鏡を見つけて、自分の姿を確認しなきゃ。
「ほれ、これだろ」
いつの間にか、制服姿の彼が、わたしの隣にしゃがんでいた。彼は、わたしの足元にあったコンパクトミラーを拾って渡してくれる。キティちゃんの顔がついたピンク色のカバー。これにも見覚えがあった。カバーを開いて、恐々と、そこに映る自分の顔を覗き込んだ。
「やだ、どうしよう」
鏡の中には、髪を茶色く染めた15才のわたしがいる。今にも泣き出しそうな表情だ。
「もしかして、写真うつりが気に入らないとか、そういうこと?」
彼がわたしの顔を覗き込む。
「鼻すりむいてる」
彼は、わたしの鼻先を指でつついた。その瞬間、心臓がキュンと波打つ。
それは、10ウン年ぶりの胸キュン。こんな風にときめくのは、別れた夫とつきあい始めたとき以来かもしれない。ここ数年は、娘におっぱいをあげたり、娘が甘えて顔を埋めてくるぐらいの役割しか果たしていなかった、わたしの胸。こんなにキュンキュンする機能がまだついていることに、びっくりした。
身体だけじゃなくて、心まで15才に戻ったみたい。わたしってば、何を考えているんだろう。まだ子どもみたいな10代の男の子に、ついうっかりと恋をしそうになるなんて。
「足の方がひどいけど、痛くないのか」
彼に言われて、わたしは自分の足を見る。左ひざの外側をすりむいて、傷の周りが紫色になっていた。
「ぜんぜん痛くない。怪我してるのに、気がつかなかったくらいだし」
「じゃあよかった」
彼は安心したように笑う。目尻にシワがくしゃっと寄る。相手をほっとさせる、いい笑顔だ。