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聞き逃した、大切なこと

「あっ、やっぱり来た」


 拓途は防波堤から勢いよく飛び降りた。彼はさっと自転車にまたがって、15才の姿をしたわたしへ向かって、すごい速さで飛ばしてくる。


 わたしは、自転車をこぐのを止めて、彼を待つ。拓途の後ろで、海はキラキラと輝いて見えた。


 拓途はそばへ来るなり、わたしの周りをぐるりとターンして、隣に並ぶ。彼は、半袖のカッターシャツを着ている。今はもう5月の下旬だから、制服も衣替えになったんだろう。


「足、治ってきたな」


 わたしが初めて拓途に出会った日、わたしは自転車で転んで、ひざに怪我をしてしまった。あれからもう10日以上も経つ。腫れはきれいに引いて、すり傷もずいぶん薄くなった。


「もう痛くないから、自転車で飛ばせるよ」


「飛ばさなくていい。話しながら行く」


 拓途はゆっくりとペダルを踏み込んだ。


 わたしと拓途は、LINEで話し合って、ルールを決めた。


 わたし達は、防波堤沿いの道で待ち合わせをする。そのあと自転車で一緒に走り、保育園の前の公園へ行く。時間があれば、公園で少し話す。18時50分になったら、わたしは、保育園へはるを迎えに行く。


 夜にLINEで話すのも23時まで、と決めた。拓途も、きちんと時間を守ってくれた。


「今日は絶対、なつが来ると思った」


 拓途は得意げに言う。


 わたし達は、毎日会えるとは限らない。わたしは、仕事のある平日には、帰りにいつも、軽自動車で防波堤沿いの道へ向かった。15才の姿に変わる日もあれば、35才の姿のまま、車で彼の前を通り過ぎる日もあった。変身が起こる日とそうでない日の違いを、わたしはまだ見つけられない。


「どうしてわかったの」


 わたしは尋ねた。


 彼は、15才のわたしが現れる日とそうでない日の違いに気づいているようだ。わたしが15才に変身しなくて済むためのヒントをつかめるかもしれない。


「今日は天気よかったから」


 拓途が声を弾ませる。


「なつが来る日は、夕日がきれいなんだ」


「夕日?」


 わたしはつぶやく。


 わたしの変身は、天気に左右されるのだろうか。そういえば、15才の姿になるのはいつも夕方だ。あくまでひとつの可能性としてだけれど、わたしの変身に、夕日が関係しているのかもしれない。明日からは、もっと天気を意識して行動しようと心に決めた。


「……いいよな」


 考えごとをしている間に、拓途がわたしに話しかけていたようだ。


「うん、そうだね」


 わたしは、何気なく相槌を打つ。


「本当に? いいのか」


 拓途が念を押すようにわたしに訊く。


「ごめん。何の話だっけ」


 わたしはあわてて、話の中身を彼に確認する。


「聞いてないのか」


 拓途は、低い声でつぶやく。


「適当に返事すんな」


「ごめんなさい。今度はちゃんと聞くから、もう一度だけ言って」


「嫌だ。そうやっていい加減なことする奴には、言いたくない」


「でも」


 拓途は大事なことを、わたしに言ったのかもしれない。


「嫌だって言ってんだろ」


 拓途は自転車のスピードを上げた。


「拓途、待ってよ」


 わたしは叫ぶ。彼の自転車のスピードがさらに上がる。拓途の背中はどんどん遠ざかって、角を曲がり、見えなくなった。

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