年下の彼氏?
今夜は、はるがなかなか寝つかない。うとうとと眠りかけても、ビクッと身体を震わせて目を覚ましてしまう。まるで、怖い夢でも見ているみたいに。
私がはるをひとりにしたせいだ。今日の夕方に、はるを抱っこしたままの状態で、私は15才の姿に変身した。目の前から、急に『ママ』が消えてしまったのだ。はるは、本当に怖かっただろう。
そのあとしばらくして、私は元通り35才に戻れた。それでも、はるのパニックはすぐに収まらず、なかなか泣き止まなかった。
はるがくるりと寝返りを打つ。私の胸に顔をくっつけて、パジャマの上から乳首に唇を当て、吸いついた。はるに授乳するのを止めてから、半年以上が経っている。それ以来、はるは甘えたいときには私の胸にしがみつくけれど、こんな風に赤ちゃんに返ったように、お乳を吸いたがるなんてことはなかった。
はるの様子がおかしい。このままでは困る。15才にならなくて済む方法はないものか。私は考えにふけりながら、はると添い寝する。
私が15才に変身してしまう原因は、何なのだろう。
最初に15才の少女になったのは、海のそばで、防波堤沿いの道だった。次の日も、同じところで変身したから、てっきり『場所』のせいだと思っていた。でも今日は、海へは行かず、公園へ行っただけ。違うところにいたのに、15才へ変身してしまった。
車に乗っても、自転車で出かけても、歩いていても、結果は同じ。乗り物のせいでもないらしい。
他のことが原因だとしたら、『時間』かもしれない。私が15才に変わるのは、いつも夕方だ。ただし、例外がある。昨日は夕方になっても、変身はしていない。私は一日中、35才のままだった。
原因は、『場所』でも『時間』でもない。だとしたら、何のせいなんだろう。とにかく、昨日は一日何事もなく、35才のままで過ごせた。昨日の私の行動に、何かヒントがあるのかもしれない。
はるが私の乳首を吸いながら、心地よさそうに目を閉じる。30分も経たないうちに、静かな眠りに落ちた。
私はそっと布団を抜け出す。
ふすまを開けると、台所に灯りがついている。冷蔵庫のドアを開ける音と、せわしない足音。弟の佳祐が、仕事から帰ったのかもしれない。
台所を覗くと、佳祐は、缶チューハイ片手に、ガスレンジで油揚げを炙っていた。表面をカリッと香ばしく焼いたあと、おろし生姜としょうゆをかけたら、おつまみには最高なのだ。
「おかえり。鍋にカレイの煮つけがあるよ」
私は、佳祐に声をかける。
「おう、そっちもあとで食う」
佳祐が振り返った。
「姉ちゃん、どうかしたのか。浮かない顔して」
佳祐が不思議そうに言う。
「えっ? そうかな」
私はごまかした。最近、女子高生の姿に変身するようになって困ってるなんて話したら、佳祐はギャグだと思って大笑いするだろう。
私にとっては深刻な悩み。でも、人に話したら、笑われるなんてまだいい方で、頭がおかしい人だと思われるに決まってる。こんなバカみたいな話、誰にも相談できない。
「それよりね。佳祐、悪いけど、おかずを適当に温めて食べてくれるかな」
私は鞄から、スマートフォンを出す。
「急いで、友達に連絡しなくちゃいけないの」
私は、拓途とLINEで話そうと約束をしていた。あまり遅くならないうちに、メッセージを送りたい。
「おっ、姉ちゃん。今、嬉しそうな顔したぞ」
佳祐はニヤつく。
「連絡する相手は男か」
佳祐が知りたいのは、性別ではなく、私の彼氏かどうかだ。
「違う。ただの友達」
「夜中にわざわざ電話して話すってことは、相手はだいたい男だろう」
佳祐は、なかなか鋭い分析をする。
私はスマートフォンの画面を見た。もう22時38分になっている。
「確かに男の子だけど、そういう関係じゃない」
「男の子」
佳祐は、またニヤついた。
「ってことは、かなり年下だな。20代か? 俺より若いのか」
佳祐は、私が年下の彼氏とつきあっていると思ったようだ。いろいろ勘ぐって面白がっている。
「本当に絶対に、その子とはそういう風にはならないから」
私は、拓途の人柄が好きだ。あの子は、家でも学校でも、上手くいかないことを抱えている。なのに、決してねじ曲がったりしない。拓途は居心地のいい場所を見つけて、強くしなやかに生きている。
けれど、私と拓途は20才も歳が離れている。彼は高校生だし、まだ子どもなんだ。私が拓途に恋をするなんて、想像すらできない。
「はあん。そうか」
佳祐は、冷めた顔つきになる。
「だったら、あんまり深入りすんな」
「深入り?」
私は訊き返す。
佳祐は、何が言いたいんだろう。拓途はあんなにいい子なのに、仲良くするなっていうの?




