ふたりのことだから
わたしは嘘をついたのに、彼はいたわってくれた。すごく気まずくて、わたしは砂場へ目をそらす。
はるが、砂をいじって遊んでいた。しゃがんで足を大股に開き、夢中で砂をかき集めている。はるはバランスを崩して、転んでもろに顔面を打つ。わが子ながら、どんくさい。子どもはちょっと目を離すと、何をするかわからないし、放っておけない。
「ママ」
はるがわたしを呼んで泣く。はるのそばへ行こうと、わたしは立ち上がった。
彼もさっと立って、唐突にわたしの首へ腕を回す。ちょうどプロレス技のヘッドロックをかけられたような状態になる。とはいっても、力がこもっていないから痛くはなかった。
「やだ、何するの」
わたしは首を押さえられて、身動きが取れない。
「行かなくていい」
「でも」
「なつがそばに行ったら、はるちゃんが、さっきみたいに大声出して騒ぐ」
彼の言う通りだった。
「そうかもしれないけど」
でもわたしは、はるが心配で放っておけない。
「ママ」
はるはわたしを呼んで、甘えたように泣いている。
「それよりさ。こっちがLINE送ったの、なつは読んだよな」
彼がぐいっと腰を落とす。その勢いで、首が少し締まる。ふざけてプロレス技をかけるなんて、男子みたいな扱いだ。
「こらっ。読んだのに、何で返事しないんだ」
「ちょっと、痛い」
わたしは文句を言う。女なんだから、ちょっとは手加減してくれればいいのに。
「あっ、ごめん」
彼はすぐに腕を放した。
――いいよ
そう言いかけて、止めた。わたしも、彼に謝らなくちゃいけないことがある。彼へLINEの返事をするのは、もう無理なのだ。
「ごめんなさい」
わたしは、深々と頭を下げる。
「もう拓途に会ったり、LINEで話したりできないの」
わたしが言い終わったあと、しばらく沈黙が続く。
「は?」
彼が怒った口調で言うのを、わたしは頭を下げたままで聞いていた。彼が今、どんな表情をしているのか、怖くて見られない。
「どういうことだ。ちゃんと顔上げて説明して」
彼はしゃがんで、わたしの顔を覗きこむ。
わたしは泣きたい気持ちで、その場にしゃがみ込んだ。
「拓途が悪いんじゃないの。わたしが悪いの。だけどね。拓途とゆっくり話したくても、それじゃはるの世話がちゃんとできなくて」
わたしは必死に訴えた。
「何だ、そんなことか」
彼は、心の底からほっとした様子だ。
「『そんなこと』って何よ」
わたしはムッとして言い返す。
「はるにご飯を食べさせたり、寝かせるのが遅くなって、すごく大変だったの。おとといも、夜中までLINEしたせいで、寝坊しちゃったんだよ」
「ごめんごめん」
彼は笑って謝る。
「なつから返事来ないのに、こっちがLINE送りまくったから、ウザくて無視されたと思ってた」
その笑顔が、寂しそうに曇った。
「嫌いになったんじゃないの。だけど、時間がないから話すのは無理。今だって、もう帰らないと」
わたしはきっぱりと彼に言い渡す。
「なあ、なつ」
彼がまっすぐにわたしを見つめる。
「何よ」
「それどうして、ひとりで決めた?」
彼は、わたしに問う。
「会ったり話したりするのは、俺となつだよな。どうしてひとりで決めた?」
彼に訊かれた。それでわたしは、自分が犯した間違いに気づく。困っていることを彼に伝えて、一緒に解決策を見つければよかったのだ。どうしてそのことを思いつかなかったんだろう。わたしは返す言葉がみつからない。
「ふたりのことだから、俺らふたりで、ちゃんと話し合って決めよう」
彼がほんわかとした笑顔を見せる。人として大事な基本を、10代の子に諭されてしまった。
「うん。そうだね」
わたしは拓途の言葉に素直にうなずく。わたしはこれまで、心の中で、この子を『彼』とか『あの男の子』って呼んだ。でも、今、ごく自然に、わたしは『彼』を『拓途』と呼んでいた。
「何時ぐらいに話せる?」
「今はまだ、何時って約束できない。でも、あとでわたしから連絡する」
はるは『いや』が多くて、何をするにもすんなりと進まないから、時間が読めない。今、わたしにはそうとしか言えない。
「絶対だぞ」
拓途が、わたしの目を見て、心配そうに念を押す。
「大丈夫」
わたしは約束した。
「もう本当に帰らないと」
わたしは、はるのそばへ行って抱き上げる。はるは、砂場で転んで泣いていたから、全身が砂まみれだ。
「はる、ママのところに帰ろう」
わたしが言うと、はるは、ブラウスの襟元をしっかりと握った。
わたしは、拓途の方へ振り返る。
「あとで話そうね」
「うん」
拓途はうなずいて、笑顔でわたしに手を振った。




