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ヒーロー拓途、現る

「ママ、ママ」


 はるはヒステリックに叫びながら、公園の中を走り回り、35才のわたしの姿を探す。


「はる、大丈夫だよ」


 わたしは、はるに近寄ってなだめようとした。はるは、15才の姿になったわたしを見ると、余計におびえて、キーキーと悲鳴のような奇声を上げる。わたしはどうすればいいか困って、立ち尽くす。


「なつ」


 誰かが、大きな声でわたしを呼んだ。声は、公園の入り口の方角から聞こえる。わたしが振り返ると、あの高校生の男の子がこちらへ走ってきていた。彼は、制服のブレザー姿だ。学校帰りなのだろう。


「ここにいたのか」


 彼は頬を上げて笑うと、わたしの頭にポンと手のひらを置く。大きな手が、ヒーローみたいに頼もしく見えた。わたしは、ほっとして涙が出そうになる。


「そこの道を通りかかったら、すごい悲鳴が聞こえたから、見に来た」


 早口で、棒読みするような口調。嘘をつくのが下手な子だ。彼はきっと今日も、保育園の下で15才のわたしを待ってくれていたんだろう。


「あの子がはるちゃんか」


 彼はわたしに訊いた。


「うん」


 わたしはうなずく。


 彼は、はるの前にしゃがんだ。


「どうした。何泣いてんだ」


 彼が話しかけると、はるは一瞬、びっくりした顔になる。


「ママ」


 はるが大泣きした。はるがわたしを求めているのに、15才の姿のままでは、どうすることもできないのだ。わたしは心が痛くてたまらない。


「なつ、そんな顔すんな」


 彼は、わたしを励ますように笑った。


「よし、じゃあママを探しに行くぞ」


 彼が突然、はるを抱き上げる。


 はるは驚いたように彼を見た。でも、そのあとは嫌がる様子もなく抱っこされて、甘えたようにべそをかいている。


 彼は、はるを連れて公園中を歩く。


「ママは、あそこにいるかな」


「あっちじゃないか」


 はるに話しながら、ジャングルジムの中やベンチの裏を、わざとらしく覗いてみせた。そして彼は、はるが落ち着いてから、砂場へ座らせる。


「あとで、お姉ちゃんがママのところに連れて帰ってくれるって。もう少しここで遊んでな」


 はるはきょとんとした顔で彼を見上げた。もう泣くことはすっかり忘れたみたいだ。


 彼は、わたしのそばへ駆け戻った。


「ミッション、クリアしました」


 彼がおどけてわたしに握手を求める。


「ありがとう。助かった」


 わたしは、彼の手を軽く握る。彼はわたしの手を引っぱった。


「あっちで座って話そうか」


 彼は、近くのベンチへと誘う。


 わたしは一瞬どうしようか迷った。けれど、彼について行くことにする。できればすぐに家へ戻りたい。でも、今、15才の姿のままで、はるを連れて帰るのは無理そうだ。


 彼はずっと、わたしの手を放そうとしない。ふざけて遊んでいるのかもしれない。握手したままだと、普通に手をつないでいるより歩きにくいし、妙な感じだ。そのままベンチに並んで座ったら、肩から太ももまでがぴったりとくっついた。彼は、ついさっき自分から『話そうか』って言ったくせに、気まずそうに黙ってうつむいている。


「子どもあやすの上手いんだね」


 わたしは彼に話しかける。


「そうでもない」


 彼は、あまり面白くなさそうな顔で答える。


「俺が小さいとき、母親が仕事で帰り遅いと、ばあちゃんに、こんな感じでごまかされた」


 彼が低い声でそう続けた。


「そんな小さいときから、お母さんおひとりだったの?」


「うん。でもあのときは俺、はるちゃんよりは大きかったと思う」


「なつも、父親とは死別?」


 彼は『なつも』という問い方をした。ということは、彼はお父さんを亡くしたんだ。それもずいぶん幼い頃に。


「ううん。うちは離婚。わたしが中学校に入る前だった」


「じゃあ、わりと最近だ」


 彼が言う。


 わたしは、笑ってごまかす。


 今は15才の姿をしていても、わたしの正体は、いい年をしたおばさんだし、両親の離婚は、20年以上も前のこと。母はすでに再婚して、今は幸せに暮らしているのだ。


 彼からいたわるように笑みを向けられ、わたしは心が痛んだ。彼はわたしを女子高生だと信じているし、両親が離婚したばかりで落ち込んでいると思ったのだろう。

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