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母のシアワセ

 私は、急ぎ足で車へ向かう。


 駐車場で、はるをチャイルドシートに乗せようとした。


「いや、いや、いや」


 まるで連続パンチを浴びせるように、はるが反抗する。


「いや」


 はるはシートベルトを嫌がって、私の頭をぐいぐいと押し返す。私は間合いを測ってベルトを留める。それでも、はるはベルトから抜け出そうとする。


「ベルトをカチッとしないと、お家に帰れないよ」


「嫌って言ってもダメなの」


「はるがちゃんとするまで、ママは待ってる」


 私はしぶとく言い聞かせた。疲れ果てた挙句に、ようやく運転席に座る。バックミラーに、艶のない顔をした女が映った。化粧っ気もなく、髪もぐしゃぐしゃで、ヨレヨレのTシャツを着た35才のおばさんだ。


「ママ」


 はるが細い声で私を呼ぶ。チャイルドシートは運転席のすぐ後ろにある。私の姿が見えなくて不安なのだろう。


「ママ、ここにいるよ」


 私は運転席から身を乗り出し、はるに笑いかける。


「お家に帰ろう」


「いや」


 はるはシートベルトを抜け出すと、私の顔を見て、ケタケタと笑った。



 その夜、私は添い寝をしようと、はるの枕元に、アンパンマンのぬいぐるみを置く。はるはそれを押し返し、私の肩に据え付ける。


「アンパンマンと一緒にねんねしないの」


 私は不思議に思った。


「あんまんまんとじょに、ねんね」


 はるは、布団の角をこちらに押しつけた。そのあと、私の頭の横へ座って、私の額をなでる。いつも私が、はるを寝かしつける仕草とそっくり。はるは真似しているのだ。


 私はやっと、はるの意図に気づいた。


「はるが、ママをねんねさせてくれるの」


 はるは満足そうに笑う。


 ひょっとしたら今朝も、はるは、気持ちよさそうに眠る私を見て、このまま寝かせておこうと思ったのかも。だから、私の額をなでたり、ひたすらに『ねんね』と言ったのだ。


 今朝のヨーグルトの一件も、私の誤解かもしれない。


 はるがこちらにスプーンを突き出したのは、私にヨーグルトを食べさせたかったのだ。私は勘違いをして、スプーンを取り上げ、はるの口にあてがった。私にわかってもらえず、はるは大声で泣き叫んだ。それを、私はきつく叱ってしまった。


 はるは夕飯のときも、好物のバナナをつかんで、『あん』と言いながら、私の口へ押しつけた。はるは自分が好きなものを、私に分けてくれたんだ。


「はるは優しい子だな。お姉ちゃんになったね」


 私は、はるを抱きしめた。


 はるは、私のすることを意味もなく真似しているだけかもしれない。でも、私に甘えるばかりだと思っていた子に、他人を思いやる心がめばえた。その成長がたまらなく嬉しい。


「うう」


 私が起き上がったせいか、はるがぐずり出す。


「ごめん。ママ、ちゃんとねんねする」


 私は、はるを抱いて横になる。はるの背中をさすりながら、まどろんだ。ゆっくりと薄まる意識の向こうで、スマートフォンが音を立てて、着信を知らせている。


 あの男の子から、LINEのメッセージが届いたのだろうか。あの子に、もう会わないって伝えなければ。頭ではそう思うのに、眠たくて身体が動かない。


 彼に謝らなくては。彼に――

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