表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/60

おばさん、ミニスカ女子高生になる

 わたしは目を開けた。


 すぐ前に、白のスニーカーを履いた大きな足。あまり汚れていなくて、新しそうなスニーカーだ。黒い3本のラインが斜めに入っている。その下には、アスファルトの地面。私はうつ伏せに寝転んでいた。ひどく頭が痛む。目が少しチカチカする。


「気がついた?」


 声のする方へ、わたしはゆっくりと視線を上げた。


 グレーのズボン、紺のブレザー、斜めストライプの入った青のネクタイ。制服姿の男の子が、心配そうにこちらを見下ろしている。


 その子は中学生に見えた。でも高校生かもしれない。少年らしい、ひょろりとした体つき。頬のラインのぷっくりした丸みに、子どもっぽさが残っている。面長で、人の良さそうな顔をした子だ。


 わたしが彼くらいの年頃には、彼みたいに、背の高い男子が好みだった。顔がカッコいいよりも、すらっとして立ち姿がカッコいいかどうかが重要! なんて、鼻息荒くほざいていた。自分は、女子の平均身長よりもちっちゃいくせに。半分、目覚めていない頭で、そんな回想にふけりかけたとき、ふと疑問がわく。


 そもそもわたしは、なぜ地面になんて倒れているんだろう。確か、車で娘のはるを迎えに行く途中で……そうだ! 早く行かなければ、お迎えの時間に遅れてしまう。


「今、何時ですか」


 わたしは焦って立ち上がった。


「何時って……18時19分」


 制服姿の彼は、ポケットからスマートフォンを出し、わたしに画面を見せてくれる。


 そこには、18:19と、大きく時刻が書かれていて、すぐ下には、2013/05/07と、今日の日付も表示されていた。


「ご親切にありがとうございました。わたし、 娘を迎えに行かないといけないので」


 わたしはお礼を言って帰ろうとした。


「はあ? 娘?」


 彼は、呆気にとられた表情でわたしを見ている。どうしてかはわからない。でも気にしている暇なんてない。とにかく、保育園まで急がなければいけない。


「本当にありがとうございました」


 わたしは彼に深々と頭を下げる。そのとき、視界いっぱいに見えたものは、赤いタータンチェックのプリーツスカートだった。


「やだ、 何なのよ、これ」


 わたしはあわてて、両手で太ももを隠してしゃがみ込む。


 わたしは、高校生のときに履いていたような超ミニスカート姿になっていた。それもお辞儀なんてしたら、ショーツがまる見えになりそうなとんでもない短さだ。頬がカッと熱くなる。


「あの、何してんのかな」


 ぽかんとした顔で、彼がわたしを見下ろした。


「だって恥ずかしいわよ。この歳で、女子高生みたいな短いスカート履いて」


 わたしは言い返す。


「女子高生みたい? 何を言ってんだ」


 彼は吹き出した。


「おっ、この角度。いいんじゃない」


 彼はこちらに向かってスマートフォンを構え、シャッター音を立てる。


「ちょっと。今、わたしを撮ったでしょ」


 わたしは腹が立って恥ずかしさも忘れ、立ち上がった。相手に無断で写真を撮るなんて、本当にイマドキの子は信じられない。


「黙って撮るなんてひどいじゃない。削除してよ」


 わたしは彼に詰め寄った。


「何で怒ってんのかな。けっこうよく写ってるのに」


 彼はきょとんとした顔をした。


「ほら」


 彼はわたしの目の前にスマートフォンを突きつける。


「えっ、これ」


 画面の中に、15才のわたしがいた。


 あと数カ月で36才になろうとしている現在よりも、パンパンに張ってみずみずしいほっぺ。その頬を赤らめて、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見ているわたし。


 シャギーを入れた茶色のセミロングヘア。20年前は、流行りの最先端だったコギャルに憧れ、わたしは髪を染めた。そのことで、母親とずいぶん言い争った。茶髪は不良。当時は、そういう考え方が、大人たちの間に色濃く漂っていた。


 わたしは、制服の白いブラウスの襟を少し大きめに開け、それに紺のVネックベストを重ねて、だぶだぶにたるんだ白靴下を履いている。絶対に間違いない。15才のときだ。


 あの頃は、ルーズソックスの前身みたいなくしゅくしゅの靴下が流行った。でも、こんな田舎にはまだ売っていなくて、わたしは普通の靴下のゴムを抜いて、必死に真似した。わたしが高校2年生になって、やっとルーズソックスが流行り始めて、ようやく本物が履けるようになったんだ。


「これって本当に、今、撮った写真なの?」


 わたしは訊いた。


「そうだよ。なかなかよく撮れてる」


 この男の子が、目の前でわたしを撮影した。その写真には、15才のわたしが写っている。ということは――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ