おばさん、ミニスカ女子高生になる
わたしは目を開けた。
すぐ前に、白のスニーカーを履いた大きな足。あまり汚れていなくて、新しそうなスニーカーだ。黒い3本のラインが斜めに入っている。その下には、アスファルトの地面。私はうつ伏せに寝転んでいた。ひどく頭が痛む。目が少しチカチカする。
「気がついた?」
声のする方へ、わたしはゆっくりと視線を上げた。
グレーのズボン、紺のブレザー、斜めストライプの入った青のネクタイ。制服姿の男の子が、心配そうにこちらを見下ろしている。
その子は中学生に見えた。でも高校生かもしれない。少年らしい、ひょろりとした体つき。頬のラインのぷっくりした丸みに、子どもっぽさが残っている。面長で、人の良さそうな顔をした子だ。
わたしが彼くらいの年頃には、彼みたいに、背の高い男子が好みだった。顔がカッコいいよりも、すらっとして立ち姿がカッコいいかどうかが重要! なんて、鼻息荒くほざいていた。自分は、女子の平均身長よりもちっちゃいくせに。半分、目覚めていない頭で、そんな回想にふけりかけたとき、ふと疑問がわく。
そもそもわたしは、なぜ地面になんて倒れているんだろう。確か、車で娘のはるを迎えに行く途中で……そうだ! 早く行かなければ、お迎えの時間に遅れてしまう。
「今、何時ですか」
わたしは焦って立ち上がった。
「何時って……18時19分」
制服姿の彼は、ポケットからスマートフォンを出し、わたしに画面を見せてくれる。
そこには、18:19と、大きく時刻が書かれていて、すぐ下には、2013/05/07と、今日の日付も表示されていた。
「ご親切にありがとうございました。わたし、 娘を迎えに行かないといけないので」
わたしはお礼を言って帰ろうとした。
「はあ? 娘?」
彼は、呆気にとられた表情でわたしを見ている。どうしてかはわからない。でも気にしている暇なんてない。とにかく、保育園まで急がなければいけない。
「本当にありがとうございました」
わたしは彼に深々と頭を下げる。そのとき、視界いっぱいに見えたものは、赤いタータンチェックのプリーツスカートだった。
「やだ、 何なのよ、これ」
わたしはあわてて、両手で太ももを隠してしゃがみ込む。
わたしは、高校生のときに履いていたような超ミニスカート姿になっていた。それもお辞儀なんてしたら、ショーツがまる見えになりそうなとんでもない短さだ。頬がカッと熱くなる。
「あの、何してんのかな」
ぽかんとした顔で、彼がわたしを見下ろした。
「だって恥ずかしいわよ。この歳で、女子高生みたいな短いスカート履いて」
わたしは言い返す。
「女子高生みたい? 何を言ってんだ」
彼は吹き出した。
「おっ、この角度。いいんじゃない」
彼はこちらに向かってスマートフォンを構え、シャッター音を立てる。
「ちょっと。今、わたしを撮ったでしょ」
わたしは腹が立って恥ずかしさも忘れ、立ち上がった。相手に無断で写真を撮るなんて、本当にイマドキの子は信じられない。
「黙って撮るなんてひどいじゃない。削除してよ」
わたしは彼に詰め寄った。
「何で怒ってんのかな。けっこうよく写ってるのに」
彼はきょとんとした顔をした。
「ほら」
彼はわたしの目の前にスマートフォンを突きつける。
「えっ、これ」
画面の中に、15才のわたしがいた。
あと数カ月で36才になろうとしている現在よりも、パンパンに張ってみずみずしいほっぺ。その頬を赤らめて、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見ているわたし。
シャギーを入れた茶色のセミロングヘア。20年前は、流行りの最先端だったコギャルに憧れ、わたしは髪を染めた。そのことで、母親とずいぶん言い争った。茶髪は不良。当時は、そういう考え方が、大人たちの間に色濃く漂っていた。
わたしは、制服の白いブラウスの襟を少し大きめに開け、それに紺のVネックベストを重ねて、だぶだぶにたるんだ白靴下を履いている。絶対に間違いない。15才のときだ。
あの頃は、ルーズソックスの前身みたいなくしゅくしゅの靴下が流行った。でも、こんな田舎にはまだ売っていなくて、わたしは普通の靴下のゴムを抜いて、必死に真似した。わたしが高校2年生になって、やっとルーズソックスが流行り始めて、ようやく本物が履けるようになったんだ。
「これって本当に、今、撮った写真なの?」
わたしは訊いた。
「そうだよ。なかなかよく撮れてる」
この男の子が、目の前でわたしを撮影した。その写真には、15才のわたしが写っている。ということは――