噛み合わないふたり
とにかく、私の正体がおばさんだと気づかれないために、学校のことから話題をそらしたい。
LINEの画面を見つめていると、ふと、ゴールデンレトリバーの写真が目につく。彼が送ってくれたメッセージの横へ、顔写真の代わりについているアイコンだ。
< 犬 かわいいね
>犬?
彼は、何のことかわからなかったらしい。
< アイコンの犬
< 眉毛 かいてある
ゴールデンレトリバーのおでこに、アーチ型の眉がいたずら書きされていた。ほのぼのした感じが、彼によく似ている。
< 飼ってる犬?
犬の話をしていれば、嘘はつかなくて済みそうだ。我ながら、いいところに気がついた!
>うちの犬じゃない
>親戚のオバさんが飼ってる
彼は、私の作戦にまんまと乗せられて、犬のことを話し出す。
何とかごまかせた。よし、いい感じだぞ! 私は、ノンアルチューハイをぐっと飲み干す。その瞬間、彼から続けてメッセージが届く。
>なつは 犬好き?
>オバさんちの犬 触りに行くか
>隣町で 近くなんだ
私は、ノンアルチューハイを吹き出しそうになって、ゴホゴホと咳き込む。
そう来るとは思わなかった! 自分で張った罠にあっさり捕まるなんて、私ってば、バカバカ! 読みが甘すぎた。
私が15才の姿に変身してしまうのは、何が原因かわからないし、思い通りにコントロールするなんて無理。彼と会う約束なんてできない。
どう断ろうか迷っているうちに、彼から次のメッセージが来てしまう。
>土曜は 空いてる?
まずい展開になった。
土曜は仕事だし、用事があることにして断ろうか。でも、別の日にしようと言われちゃったら、答えに困る。
< そんなの 悪いよ
私は、遠慮している風を装って、断ろうとした。
>大丈夫
>たまには 女の子でも連れて来いって オバさんに言われてるし
彼は、わかって言っているのだろうか。それは、つきあっている『彼女』と遊びにおいでという意味だ。
< 私を 彼女だと思われていいの?
私は諭した。そんな風に思われたら、困るのは彼なのに。
今日の夕方に、15才の姿になった私と一緒にいたせいで、『彼女ができた』と誤解をされちゃったのだ。そのとき、彼は真っ赤になって、ずいぶんあわてた様子だった。おそらく、私のことを『彼女』だと思われるのが、迷惑なのだろう。
あらぬ誤解をした張本人は、彼の友達のお母さん。おばさんとは、うっかり勘違いをしやすい生き物なのかも。そういう私も、おばさんだけれど。
>いいよ! いい! ぜんぜん いい!
彼から、なぜか、すごく軽いノリの返信が届く。そのあとに、“スタンプ”がついている。うさぎのイラストだ。『OKAY!』と書かれた紙を、頭の上へ高々と掲げていた。
面白がって、ふざけているのだろうか。
< 私とつきあってると思われるよ いいの?
私は呆れつつ、返信する。
もしかしたら、彼には、好きな子がいるのかも。私の考えすぎかもしれない。でも、万が一、彼に恋人がいるなんてデマが広まって、そのせいで、彼が好きな子と上手くいかなくなっても困るし。
>なつは男いるの?
彼はのんきに、私の心配なんかしている。私につきあっている相手がいるとか、どうでもいいのに。
< 彼氏? いないよ そっちは大丈夫?
>うわ なんか照れる
彼は、好きな子のことを思い出して、照れちゃったのだろう。初々しくて、可愛いな。
>土曜は どこで待ち合わせする?
彼が、妙なことを訊いてくる。
私は、彼の誘いを断っているのに、その意図が伝わっていないらしい。彼はすっかり、15才の私を連れて、親戚のおばさんのお宅へ行くつもりでいるようだ。私の伝え方がよくなかったのかも。
< 土日は ずっとダメ 忙しいの
私は、はっきりと断る。まさか仕事に行くとも言えないし、ダメな理由は、適当にごまかすしかない。
>そうか
>ごめん なつの都合もあるよな
彼のその返信のあとに、“スタンプ”がついた。茶色いクマのイラストだ。ちょっと悲しげにうつむいて『SORRY……』とつぶやいている。
< ごめん 行けそうなときは言うね
私は申し訳なくなって、心にもないことを書いてしまう。
>うん
>いつか絶対 行こうな
ようやく彼が納得してくれた。
私は、ほっとした。ふと緊張がゆるんで、あくびが出る。
< 眠くない?
>ぜんぜん
彼から、超高速で返事がくる。
< 私 眠るの好き
今日は本当に疲れた。早く布団に入りたい。夕方に、彼と猛スピードで自転車を飛ばした。あれがけっこうきつかった。
>なつは 寝るの好きなのか
>海でも めっちゃ寝てたしな
話を止めたいのに、彼はまったく気づいてくれない。
私は、昨夜もいろいろあって、ほとんど眠れなかった。そのせいで、今日の夕方は、海岸で座ったまま居眠りなんかしちゃったのだ。
< 今 このまま寝ちゃうかも
私は、眠りたいとアピールする。
今はとっくに23時を過ぎて、日付が変わりそうな時間だ。まぶたが重たくなる。横になりたい。やっと眠れるという開放感を味わいたい。
>そう?
>俺 コーフンして寝れない
>うれしすぎて
興奮? 拓途はなぜそんなに嬉しいんだろう。私は変だと思ったけれど、眠くて眠くて、もう限界だ。
< 私も嬉しい
続けて、『お布団に入れたら』と、書こうとしたけれど、指先に力が入らない。目も開けていられなくなって、そのまま――視界は真っ暗になった。




