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特売★LOVE

「近所の肉屋のコロッケがめっちゃ旨いんだけど、食いに行かない?」


 彼が思いがけないことを言い出す。


「今から?」


「そう」


「そんなの無理。はるを迎えに行かなきゃ」


 わたしは、娘のはるを保育園に預けている。15才の少女の姿から、元通りの35才に戻れるなら、すぐにでも飛んで行きたい。


「今日も、妹を迎えに行かなきゃいけないのか」


 彼が訊く。そういえば昨日、彼に会ったとき、わたしは娘のはるを『妹』だと嘘をついた。


「何時までに行けばいい?」


「19時」


 わたしは答える。それ以上、迎えが遅くなれば、延長保育料金がかかってしまう。


「今は……18時20分。まだ時間あるな」


 彼は、ポケットからスマートフォンを出して見る。


「海の子保育園って、広辻内科の隣にあるやつだよな」


 彼が訊く。


「そうだけど、よく知ってるね」


 わたしはちょっと驚いて、返事をする。


「いつもあの辺、通って帰ってるから」


 彼はこともなげに言う。


「店は、保育園から向かいの公園の角、曲がってわりとすぐなんだ」


「肉屋さんが?」


 わたしは、そんなところに店があるとは知らなかった。はるを迎えに行ったあとは、大急ぎで家に帰るから、保育園の近くに何があるかを気にしたこともない。


「知らない? 近所じゃ、安くて有名みたいだけど」


 彼が答える。


「その店って……そんなに安いの」


 肉が安いなんて聞くと、35才の主婦の心が、ぐらぐら激しく揺さぶられて、ときめいちゃう。ああ、胸がキュンキュンしてきた。目がハートマークになっちゃいそう。


「めっちゃ安い。小学校のとき、豚こまが69円の日によく買いに行かされた」


 彼が照れくさそうに言った。


 それが100gの値段なのか、店で確認しないとわからないけれど、豚のこまぎれ肉が69円なんて、メガトン級の信じられない安さだ。


「今も、69円のセール、やってるかな」


 わたしは彼に確かめる。


「そこに食いつくか」


 彼は吹き出した。


「気になるんなら、行って確かめてみれば」


 彼は呆れたように笑う。


「わかった。お肉屋さんに連れてって」


「じゃあ行こう」


 彼はするりと防波堤を降りる。


「うん」


 振り返ると、わたしの後ろには、銀色の自転車が停まっている。


「あれ?」


 今日、わたしはここまで、えんじ色のママチャリに乗ってきた。なのに、目の前に停まっているのは、わたしが高校生の頃に乗っていた、銀色の自転車だ。わたしの身体が15才に変身したついでに、自転車まで変わってしまったのだろうか。自転車の前かごには、紺の通学カバンが収まっている。


「早く行かないと、コロッケ食う時間なくなるぞ」


 彼は自転車にまたがって、わたしを待っている。細かいことを気にしていられない。


「今、行く」


 わたしは自転車に飛び乗った。


「飛ばすぞ」


 彼がペダルを踏み込んだ。


「うん」


 わたしも勢いよくこぎ出す。


 はるを迎えに行く時刻まで、あと30分くらいだろう。残り少ない時間と追いかけっこをするように、防波堤のわきをまっすぐに走り抜ける。猛スピードでペダルをこぐと、ひざの傷が痛んだ。それでも夢中で、彼の背中についていく。

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