EPISODE.0
今日は最高の一日だ。
ここ数年勤めてきた大企業。今日ようやく、係長の名を貰うことができたのだ。つまり格上げだ、サラリーマンとしてこれ以上嬉しいことはないと言っても過言ではない。何しろ給料が上がる。しかも、今日は給料日だ。だから、先程から顔の綻びを隠せないでいた。
そうだ、家に帰る前に、妻と娘に何かスイーツでも買っていってやろう。先月5歳になった娘は、初めてこの腕に抱いた日から、随分成長したように見えても、俺が帰るとはしゃいで「パパ」と言って飛びついてくる。可愛くて仕方ない。あんなに可愛い子どもなら、もう一人くらいいてもいい。今度は男の子がいいなあ、と考えて、無意識に感情が顔に出ていたことに気付き、ぎゅっと顔を引き締める。
帰りつく前に妻に連絡だけ入れておこう、と携帯を取り出す。
――目を疑った。
そういう感覚が、一つもないのに、指先がガタガタと震えていた。しかも、力が全く入らない。する、と携帯が手から滑って、路上に落ちた。
ちょっと、待て、何だ、これ。
震える手で、携帯に手を伸ばす。すると今度は、急に吐き気がして、我慢できずに吐き出した。赤く染まる、視界。周りの悲鳴が、頭の中に遠く響く。
どう、したんだよ、俺。何が、起こってる?
ここは、どこだ? 何があった?
ワカラナイ。
「うわあ、珍しい発症直後だ! 今日はいいことあるかもね、ヴィアンカ」
何?
「…不吉なことを言うな」
何だよ、誰だよ。何言ってんだ、早く、助けてくれ。助けテ。苦シイ。
「金持ってそーな顔してんなアンタ。でもまあ、残念、かかったのが運の尽き、」
助ケテくレ。たスけ
「ご愁傷様、」
今日は、最悪で最期の一日だった。




