PROLOGUE
『誰が持ち込んだか、何処から侵入したか、何時から誕生したかは、知らない。其れ等は、誰からでも無く、何処からでも無く、何時からでもなく、発生した故である。
嗚呼、其れ等は危険だ。此の世の終りを暗示しているのではないか。私の周りでさえ、妻が死んだ。娘が死んだ。娘の子が死んだ。愛猫が死んだ。野良犬が死んだ。隣家の老人が死んだ。電線に留まる烏が死んだ。此の村の村長が死んだ。次は私だ。私が死ぬのだ。
其れ等は一体何か。皆を殺した其れ等は何か。私には解らない。解らない故すでに私は成す術を無くし、自らの死を待ち構えているのだ。何と云う潔い心だろう。死を想い生き永らえるとは。
嗚呼、せめて神よ、其れ等は何かを教えておくれ。何か解らぬ体に殺さるるのは不甲斐無い。なあ神よ、私は 』
―死村から発見された老人の日記より
20××年、ヨーロッパ。
社会の科学化と発展が著しく進む中、ある時、ある土地で、不可解な病が流行していたことが発覚した。それは何らかのウイルスによってもたらされていた。このウイルスは、村の1つや2つを安易に死村にし、都市の郊外でも、ウイルス感染者らしき死者が現れ始めていた。
しかしそれまで人々は気付かなかった。人々が未知のウイルスを知り始めたのは、都市内で死者が勃発し続けるようになってからであった。
一体誰が持ち込んだのか、誰が流行を始めてしまったのか。最初の村が死んだと発覚して数年、ようやく正体が解り始めたこのウイルスを、人々は『パンドラ』と呼んだ。
『パンドラウイルス』――一度感染してしまえば、感染者には死以外の選択肢は与えられない。人であれ、動物であれ、感染した者を身体の内部から破壊し、細胞を喰らい、脳に侵入し人格を狂わせ、体力を吸収し、最終的には如何なる形であれ死をもたらす。
ヨーロッパでは、パンドラ感染者が発狂し暴れ回り、身内他人誰彼構わず殺害したという事件が多発した。
人々は何も出来なかった。ただただ、自分はいつ感染して死んでしまうのかという底無しの恐怖に震えていただけなのであった。
『パンドラウイルス』がヨーロッパから世界に流行して数十年、国連は決死の覚悟で、とある計画を提案した――『パンドラウイルスキャリア処刑制度』。
それは、パンドラウイルスに感染した者、感染したと疑われる者は発見次第、即処刑されるという、残酷な制度。
しかし、人々は賛成の声を挙げた。ここは既にパンドラに侵された世界。自分達に恐怖を与えるパンドラを撲滅出来るのなら、どのような手段でも取り入れろと叫んだ。
そうして間もなく、世界には処刑員という役職が設置された。
Pandora Virus Executioner Qualification――PVEQと呼ばれる彼らは、パンドラキャリアを処刑し、人々に幸を与える者として謳われた。しかし、所詮人間である彼らも、任務を遂行する内にパンドラに感染し、命を落とすことも少なくなかった。
人を救う為に自らの命を懸けるのか、自らの命の為に人を殺すのか。
残酷にして、果敢なる者。
これは、彼らのイノチの物語。