世界の終わりが終わる時
私は終わる世界を眺めていた。
世界の寿命はもう1時間も無いだろう。
今日の深夜00時00分が終わりの時。
何ヵ月も前から何となくその気配は有ったが、いざそれを伝えられた時はどうしようもなく寂しい気分になった。
自称ではあるものの、私は古参であった。
最古参のメンバーより半年くらい遅れてこの世界にやって来たのだ。
それから数年経つ間に私は中堅層となっていた。
トッププレイヤーとはお世辞にも言い難いが、私は強さを手に入れていた。
最初は小さな小悪魔だった私は、今では巨大な竜の姿をしている。
黒い鱗に刻まれた傷は私の勲章となっている。
数多のダンジョンを攻略し、数多の強敵を仲間と共に打ち倒してきた。
ここまでくる間にたくさんの仲間と出会い、たくさんの思い出が生まれた。
淡々としていた毎日も思い返せばそこに大事な物があったのだ。
願わくは終わらないで欲しい。
この世界が、こんな毎日が、続いて欲しい。
どんなに祈っても叶わない事は知っている。
だからってどうすればいいんだ!
私は叫びたい気持ちだった。
終わると分かってる世界で何をすればいいのか。
私には分からなかった。
世界の終わりを前にして、人々の取った行動は様々であった。
世界各地を巡る者。
変わらず戦い続ける者。
集まって祭りのように騒いで過ごす者。
どうせならと、迷惑行為に走る者。
絶望し、この世界を発った者。
そして、私のように静かに祈る者。
ああ、やっぱり分からない。
分からないよ。
この世界が、私が、皆が、消えて無くなってしまうなんて。
消えて無くなってしまう私に意味なんて無いじゃないか。
そんなの分かんないよ!
この世界の寿命なんて知らなければ良かった。
そしたらこんなに辛い思いはしなくて済んだのに。
ネガティブな考えだけが私を支配していた。
そんな時、私に声をかけてくれたヤツがいた。
顔を上げると目の前に見馴れた人がいた。
この世界で一番付き合いの長い人。
彼の言葉は簡潔だった。
「最後に神でも狩ってこいよ」
それはまさに私の欲していた言葉。
目的……そう目的だったのだ。
私は目的を求めていた。
世界の終焉、それはこの世界に来てから最大のイベントでもあったのだ。
私はすぐに共に戦ってくれる仲間を募った。
私が戦うべきは創造神、神の名を冠している通り圧倒的な強さを持っている。
既にトッププレイヤー達により倒されてはいたが、私はまだ創造神と戦った事は無かった。
トッププレイヤーのパーティーでも下手をすれば負ける程の敵、最後の相手に相応しい。
私の胸の内にかつてのワクワクがよみがえってきていた。
集まった仲間は5人、誰一人として見知った者はいなかった。
地獄の将、時の魔導師、黒い霧の姿の龍、黄金色の龍、そして日本刀を繰る青年。
強さも性質も全くバラバラな6人パーティーがここに誕生した。
もう時間が30分しか残っていない。
戦いの口火を切ったのは私だった。
自慢の体格を生かした右腕の叩きおろしは数多くの敵を一撃で葬った程だ。
人型ではさすがの創造神といえど回避は不可能。
とらえた。
そう思った次の瞬間、私の目に映ったのは一筋の剣線。
すっぱりと右腕が切り落とされていた。
厚さ、固さ共に自信があったのだが、それを一太刀で。
しかも私の目では剣先を捉えられなかった。
白銀の軌跡だけが圧倒的な実力差を物語っていた。
私一人では勝てない。
勝てなかっただろう。
しかし6対1なら?
勝てるかもしれない。
現に私が傷口を止血している間にも、巧みな連携で創造神を押さえ込んでいる。
片腕を失ったのは痛いが、焼いて血を止めてしまえば十分戦える。
豊富な体力は私の自慢とするところだ。
空中からの影と金の双龍による急襲、地上からは地獄将と日本刀使いによる挟撃。
魔導師から断続的に放たれる変則的な攻撃。
私は創造神の反撃を片っ端から潰していった。
自らに凍結属性の鎧を精製し、光速の太刀を受け続けた。
私達の間に言葉は要らなかった。
互いの名すら知らなかったが、目の前の敵を倒すその一点において、分かりあっていた。
既に私の身体は全身血塗れであったが、それは創造神の側も同じこと。
真紅の鎧は既にボロボロで明らかに動きが落ちてきていた。
世界の終焉まで残り5分という時。
創造神の体勢が崩れた。
一太刀、二太刀――
六人がかりで猛攻を仕掛ける。
このまま押しきれば!
そんな考えが頭をよぎった。
その刹那、視界が白に包まれ、続いて爆音が脳を揺らした。
本能がアドレナリンを垂れ流す。
私は膨大な熱量に意識を失ったようだった。
一瞬の後に目を覚ます。
身体が地面に叩きつけられたショックによって。
光の奔流が収まるとそこに広がっていたのは天変地異のごとき破壊だった。
大地が巨大な半球を描いてへこんでいる。
その中心には創造神が立っていた。
こちら側の被害は?
誰一人として無事な者はいなかった。
地獄将は半身を失って倒れている。
影と金の双龍は半分程に縮んではいたが、まだ戦えそうだ。
魔導師と日本刀使いに至ってはその姿を確認すら出来ない。
私はと言えば喉は焼かれ鱗は炭化し、剥がれ落ちていた。
骨が逝ってしまったのか動こうとすると激痛が走る。
でも、まだ戦える。
身体の痛みなんて、この世界を失う悲しみ程強くない。
鱗なんて無くても私は誇り高き黒龍。
勝ちたい。
ただそれだけあれば満足だ。
再び創造神と相対する。
凪ぎ払い、食らい付き、尾を使って打ち据える。
一発としてまともに与えられてないが、創造神の剣線も鋭さを失っていた。
結果的に発生するのは消耗戦。
こちらは三人で休む間を与えず攻め続ける。
創造神の体力も相当に落ちているはず。
こうして攻めていればいつか必ず当たる。
届け。
届け。
届け、届け、届け。
届け、届け、届け、届け届け届け届け届けっ!
来たっ!
私の正面に飛び込んできた創造神に全力のブレスをお見舞いする。
創造神は剣を盾にして耐えようとしているが、そうはいかない。
次第に灼熱のブレスが押しはじめ、創造神を呑み込む……はずだった。
赤い、私のブレスよりも赤いオーラが創造神を覆う。
赤いオーラは私のブレスを跳ね退け、創造神を守る。
二つの赤は拮抗し、共鳴する。
ミシ、ミシ、と鈍い音が荒野に響く。
高速で回転させた魔力変換機関が焼き切れそうだ。
この身体、壊れてもいい。
もっと、もっと速く。
視界が霞む。
意識が薄れていく。
私の意識が途切れるのが先か、創造神のオーラが破れるのが先か――
その結果は誰も知らない。
00時00分30秒、世界が終わった。
『サービスが終了しました』