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「ひとまず、願いを9つにしてくれ」「オッケー!」  作者: ラボアジA
第五章 メガネにさよなら

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 夕暮れの風

 病院は、昏睡状態の患者達が続々と目覚めたというので、かなり騒がしくなっているかと思いきや、そうでもなかった。


「真子。ジャマーだが、どういう願い方をしたんだ」

「えっと、たしか、眠ったまま目覚めない人達のことをそのまま受け入れて、増えても異常だと思わないで、解決策を思いつこうとするとそれを忘れて……だったと思います」

「だそうだが、アミエル、どうだ?」

「ああ、そういう解釈の分かれる願い方っつーのは、悪魔にとっちゃ腕の見せ所だ。エヴェレットの野郎のこった、好きなように料理したんだろうよ」

「そうだったんですか……」

「――ん? ってオイ、嬢ちゃん。オレが見えるのか」

「はい、そうですけど」

「へぇー、契約解除後も願いは残るが、悪魔は視認できねえハズなんだがなぁ」

「あの、もしかして、名誉市民とかいうのが関係しているのではないでしょうか?」

「あぁ、あれか。――マジかよ! オレもまだまだ知らねえことあるなぁ~」


 アミエルは、よほど面白い雑学だったのか、しきりに感心していた。


「あ、須賀部君!」


 昏睡状態の患者だけを集めた特別病棟内の廊下を歩いていると、ちらほら見える患者の家族の中に、水色の病院服を着たきなこの姿を発見した。


「なに、須賀部君も眠り病だったの?」

「服が違うだろ、服が」


 僕は自分のシャツをつまんでみせた。


「きなこの寝惚けた顔を拝みにきたんだよ」

「うわ、酷い」


 きなこは軽く手で叩いてきた。

 ――どうやら大丈夫そうだな。僕は目を細めた。

 その後、きなこは真子に目を向けた。


「こんにちは、ナマコちゃん」

「!」


 不意に呼ばれてびっくりしたのか、真子は、首から頭を下げて「ど、どうも」と、もごもごと口ごもっていた。


「ナマコちゃんも、誰か目覚めた人に会いにきたの?」

「え、えっと……。いえ、大輔さんの付き添いで……」

「へぇ~」


 きなこはニヤニヤしながら、僕にツツツッと近寄ってきた。


「須賀部君にも春が来たのね」

「来てるのはお前の頭だろ。やっぱ寝惚けてるな」


 やれやれ、どうして恋愛と結びつけたがるのか……。僕は頭を振った。


「よお、大輔!」


 そのとき、同じく病院服を着た斎藤さいとうけん――あだ名はトコブシ――がトイレから出てきた。


「なんだ、お前も眠り病だったのか?」

「そのネタはもうやった」

「うるせえ」


 トコブシは僕の腹を肘で小突いた。体格がいいトコブシの小突きは、軽くといっても結構重い。

 それからしばらく、眠ってる間の事件やら、宿題が終わってないやら、夏休みを返せやらといった、他愛ない話をした。


「そうだ大輔、きなこのやつなあ、凄い幸せな夢見てたんだと」

「うわっ! 何言ってるの!?」

「なんでも、どっかのお姫様に生まれ変わってて、そこで沢山の王子達からちやほやされてたとか」

「あーっ、それを言うなら、トコブシ君だって、ファンタジーな世界に転生して、ハーレムを作ってたとか言ってたじゃない」

「男の夢だろう、なあ、大輔?」


 僕に話を振るな、バカップル。


「お似合いだよ、お前達は」


 大きく息を吐いた僕は、これ以上見せつけられる前に、アミエルと真子を引き連れて退散することにした。


「ククク……、なあ、大輔」


 アミエルがひそひそと囁いた。


「あのケンとか言う奴、――消せるぜ?」

「するか」


 トコブシはいい奴だ。僕よりよほどきなこを幸せにできる。


「お前なあ、リサーチ済みっつってんだろ?」


 アミエルは触覚を指で弾いた。


「大体、願いの時点で自白してるんだぜ? 他の悪魔は引き剥がせても、お前自身はオレとがっちり組むことになっちまったんだからな。オレとしちゃーありがてぇこったが、ヒトの女にかける労力じゃねえよ」

「……」

「まあ、お前がそういうならそれでいいけどな。やーれやれ、かくして少年は、大人になるってわけかぃ」

「――ふん」


 僕は眼鏡を掛け直そうと人差し指で触った。

 まさにそのとき。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


 真子が尋ねてきた。


「結構頻繁に眼鏡を弄ってますけど、調節が緩くなってるんですか?」

「あぁ、こいつはただのクセだ」

「でも、何かこだわりがあるとか?」


 何気ない真子の一言に、僕はふと昔のことが頭をよぎった。

 メガネというあだ名をつけられて、ダサいだのなんだのと貶され、散々理不尽な暴力を振るわれたこと……。しかし、きなこからは似合ってると言われたこと、掛け直す仕草もなんだか恰好いいと言われたこと……。

 僕は頭を振った。


「いや、とくにない。ただ、確かに長く使ってるな」

「新調すればどうです?」

「僕の見立ては周りからかなり評判が悪くてね。正直自信がない」


 そのとき、真子の顔がふと目に入った。


「真子は眼鏡のセンスが良さそうだな。見繕ってくれるか?」

「え? ――はい、分かりました」


 意外に素直に頷く真子に、アミエルが茶々を入れた。


「おいおい、なんだぁ大輔? 傷心してんのかと思ったら、早くも次の女か」

「そんなんじゃないぜ」

「ククク、なら天然か? そっちの方がややこしいぞ〜?」


 アミエルは、実に楽しげに僕の耳元で囁いた。


「まあ、オレとしちゃあ、すぐにでも魔界へ行きたいところだが、色々やり残したこととかもあるだろ。とくに女絡みとかな。コイツについてまで口出すほど、ヤボじゃねえよ」

「それは口を出してるというんだ」

「あ、嬢ちゃんも名誉市民で『不死』持ちだろ? 連れてきてもいいぜ。役立ちそうだ」

「やめろ」


 僕は邪険にアミエルを手で払ったのち、眼鏡を掛け直……そうとして、ふと思い直し、手をゆっくりと下げた。

 しばらくは手持ち無沙汰かもしれないが、おそらく、すぐに慣れるだろう。


「真子はどの眼鏡屋で作ったんだ?」

「えっと、福井のコンセプトYっていう眼鏡を取り扱ってるお店で、すごく軽いんですよ」

「へぇ……。いいな、それ」


 家へ送る途中、眼鏡談義に花が咲く。

 僕は不意に、笑いがこみ上げてきた。


「あれ、大輔さん、何か面白かったですか?」

「ん……、いや、大したことじゃない」


 本当に大したことじゃないんだ。

 魔界へ行く前に眼鏡を新調するなんてのはおそらく僕だけだろうなと思ったら、ちょっと面白かっただけだから。


「まあ、こんな眼鏡でも、結構愛着があったんだなと思ってな」


 僕はそっと眼鏡を取った。

 見上げると、空は茜色に染まっている。夕暮れの風は、ひと足早く秋の気配を伝えていた。

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