「いまお前が、全ての仕上げをやってくれたからな」
当初は、病院の悪魔達全員にすぐさま編集した録音を聞かせる予定だった。怒り狂った悪魔達が真子の家に殺到し、エヴェレットは計画を断念。もはや真子に価値はないから、速やかに魂を取る。これで一件落着のはずだった。
真子に言った言葉は、全て正しい。罪は拭い去れるものじゃない。――だが、昔の自分と同じ……いや、それよりも遥かに強く、きちんと行動した真子を、どのツラ下げて裁けるのか。
小学校高学年の頃だ。僕も素行の悪いグループに目をつけられたことがあった。そのとき、暴行傷害から助けてくれたきなこに、この借りは必ず返すと言ったら、返ってきた言葉がある。
「私を助けるんじゃなくて、同じようにイジメられた子がいたら、その子を助けてあげて」
ありきたりにも思える言葉は、深々と胸に刺さった。
そして今。
真子を知ってしまった以上、当初の案を修正せざるをえなかった。
最大の懸念は、エヴェレットが「災害を願え」と持ちかけたとき、自暴自棄になった真子が破壊衝動に駆られることだったが、そうはならないだろうと踏んでいた。もちろん絶対ではないが、それでも、両親への想いのほうが勝つと賭けた。眠り病のカラクリに気付いたのは僕だけなのだから、このぐらいは許して欲しい。
「小僧ーーーーーーーっ!」
眼前では、エヴェレットがなおも雄叫びを上げていた。
「アミエルもじゃーっ! おヌシら、どこまで我が輩をコケにする気じゃあーっ!」
「安心しろ。もうしないさ」
エヴェレットは、真子に利用価値がなくなったと分かった途端、魂を回収して魔界に退散する――。これが、僕とアミエルの一致した見解だった。あとは、真子が災害を起こさないと確定した時点から真子のそばに近寄り、エヴェレットが真子の魂を取った直後に18秒戻すだけというわけだ。エヴェレットがぺらぺらと喋っていたらそのタイミングで願う必要があったが、すぐに魔界へと去ったのは僥倖だった。
「いまお前が、全ての仕上げをやってくれたからな」
「何を抜かすか、小僧! 真子を気絶させるとは小賢しいマネを! 魂なんぞすぐに取ってくれるわ!」
「やれやれ、つまらんハッタリはよせ。夢でも意識はあるが、気絶状態だと意識がない。意識がなければ、願いもない。願いがなければ曲解も出来ない……。アミエルに全て確認済みだ」
「くくく……、エヴェレット、お前、焦るとなかなか面白いんだなぁ? 恰好つけてる時より好きになれそうだぜ」
「き、貴様らあぁーーーーーっ!」
「それよりも」
僕は公園の端に視線を送った。先ほどとは別口の、待機していた残りの悪魔達が、ぞろぞろとエヴェレットの方にやってくる。
「耳を揃えてきっちりと返してやれよ? この悪魔達は、録音以外の証拠もほしかった組でな。説得にも手を焼いてたんだ。――だが、焦ったお前が真子の魂を取って、更には魔界に帰ってくれたおかげで、何よりも大きな証拠となったってわけさ。こんな時は礼を言ったほうがいいよな。ありがとう、エヴェレット」
「……!」
「くくく……。オイ、エヴェレット。みんなに謝らねえと、元から持ってた魔力も根こそぎ没収されるぜ? 頭が高ぇンじゃねーのか?」
僕とアミエルが指摘する甲斐もなく、エヴェレットはあっという間に悪魔達に囲まれた。エヴェレットは、流石にこの段になって言い訳をしても誰も耳を貸さないと分かったのか、粛々と魔力を返還する。
全ての悪魔達に返し終えたエヴェレットは、しばし放心状態ののち、何故か狂ったように笑い出した。
「なるほどのぉ……。小僧、真子の命を救いたいのか……」
次第に笑い声を大きくしたエヴェレットは、しまいには地響きのような笑い声となった。
「かくなるうえは、絶対に取ってやるわ! お前の苦痛に歪む顔を……!」
「いきがるなよ、ゲス」
僕は一蹴した。
「真子が気絶から目覚めるのは一時間ぐらいか? それまで待つつもりなのか。さっさと戻らないと、今回の失態の言い訳も出来ないだろうにな。何せ現時点で300人も巻き込んでるんだ。そんなプロジェクトが、魔力を返してハイ終わりでどうにかなるとでも思うのか?」
「……」
エヴェレットはぎりぎりと歯軋りをした。
「僕は善意から提案してやってるんだぜ? それとも、こう願ってやろうか。『真子が本来の寿命で死ぬまで、絶対に魂は取れない』とな。すっぱりと諦めがつくだろ? 日本人の平均寿命は長いぜ。真子もあと70年は生きるだろう。――ああ、『不死』もあるから病気に罹らないし、もっとかもな。そこまで気長に待つのを、笑って許してくれるほど楽しい職場なら、いくらでも待ってろよ」
もし本当にエヴェレットが待つつもりなら、僕はアミエルに何か願わせてでも願うつもりだったが、どうやら心が挫けたらしい。
「川科真子、おヌシとの契約を解除する! ――クソッ、須賀部大輔よ! 次にあったら、八つ裂きにしてやるぞ!」
エヴェレットはマントを大きく翻し、退散した。
アミエルが、二本の触覚の間に人差し指と中指を当てて何事か呟いていたが、プッと吹き出す。
「ああ、あいつマジで契約破棄しやがった。ヘッ、ザマァねえな!」
腹を抱えて大笑いし始めたアミエルに、僕もつられて笑みを浮かべた。




