ナマコ
「でも、真子さんは偉いですね」
「え?」
僕は話を切り出すさい、まず彼女を持ち上げる所から入った。
「今まで、そんな嫌いな相手に、それも大勢いるなか、孤独に戦ってこられたんですから」
「えっ!? い、いえ、そんな、別に私はイジメられてなんか……」
真子は大仰に両手を振り、首をぶんぶんと横に振るが、かえって痛々しい。
「大丈夫。――ここに敵はいませんから。心の中にあるわだかまりを、吐き出してみて下さい」
僕が優しく声を掛けると、真子は深くうつむき、スカートをぎゅっと握り締めた。
アミエルやエヴェレットが適当に混ぜっ返しながらも、彼女がぽつぽつと話した内容は、イジメという皮を被った、暴行、傷害、恐喝事件だった。
始めは些細な事から始まったという。休み時間にトイレに行って戻ってくると、椅子をハデ目の女子に取られて、そこでバカ話をされていたのだ。席を返してもらうよう頼んだら、意外にすんなり返してもらえたが、どうもそこから目を付けられたらしく、おかしな髪の結わえ方をされたり、安物の口紅を塗りたくられたりという「大きなお世話」が始まったという。それを拒絶すると、「生意気だ」と腹を蹴られたり、目にレーザーを当てられたりと次第にエスカレート。金は取られ、お気に入りだった小物は壊され、いいオモチャとして引きずり回されたらしい。
「ナマコって言われてたんですよ」
真子はぽつりと漏らした。
「川科真子だから、ナマコ。――もちろん、気付いてはいました。自分の名前がそんなふうに区切れることぐらいは。でも、それを他人から呼ばれたことはなくて。――もっとも、最後の方は人扱いされなかったですから、お似合いだったのかもしれません」
「真子さんは、自分の名前がお嫌いですか?」
真子は首を横に振った。
「結局、何かしらのアダ名をつけられてイジメられたでしょうから」
「――同感です」
僕はゆっくりと首肯してみせると、真子はふと顔を上げた。
「あ、でも。名前のせいで、凄くイヤな思いはしましたね」
「それは、どんなですか?」
「パシリで買い出しに行かされた、その帰りです。綺麗な女の子とぶつかったんですね。で、買ったものを辺りにぶちまけてしまったとき……」
「おっ!」
出し抜けに、アミエルが指を鳴らした。
「分かった、踏まれたんだろ」
「いえ」
真子はすげなく否定した。
「ちゃんと拾ってくれました。で、そのとき、ご丁寧に名乗ってくれたんですね。『私は神無月菜々子って言うの』と」
「……」
僕が横目で見ると、流石にこれはアミエルも弁えていたのか、神妙な面持ちで聞いていた。
「私の名前を聞かれたので答えたら、『あ、じゃあナマコちゃんだね』と明るく言われまして。聞いてもいないのに、『私もきなこって呼ばれてるんだ。トコブシ君とかもいるんだよ』などと喋ってくれたんです。そのあと、『何か困ったことがあったら言ってね』と言い残し、トコブシ君と呼ばれた男の子と仲良く去っていきました」
「……」
「正直……、それこそ、ムカつきましたね。いきなり出てきて、自分の何が分かるのか……。よく思われたいだけ、結局口だけでしょうって……。楽しそうにしている奴が、みんな憎くなりました」
――そいつは、あぁ……。痛いほど分かるぜ。僕は顔を伏せた。
きなこは、陰か陽かと言われたら、陽だ。対して、僕や真子は陰だ。
だから、僕も最初はムカついたよ。そういう明るい奴に、日陰の気持ちの何が分かるんだってな。――それで、取り返しの付かない寸前までいった。
あと、真子。お前は、いきなり出てきて何が分かるんだと怒ったが、陰の僕には、それこそ初対面でペラペラ喋ってるじゃないか。まあ、自分と似てるってことなんだろうが、その相手は、今からお前を破滅に導くんだぜ?
真子の話に相槌を打ちつつ、僕は眼鏡のつるをそっとなでた。




