初めての対面
訪問は簡単だった。
悪魔エヴェレットが、どんな背格好の奴に憑いているのか、そして現在どこにいるのかをアミエルに聞きだす。これだけである。
「取り憑いた奴は、お前と同い年ぐらいの女だったぜ」
「女だったのか」
「なんだよ、意外か? 人間の半分は女だろ」
「そりゃそうだ」
病院での悪魔達の話題は、エヴェレットとその周辺のものが多かったため、アミエルが知らない情報を入手するのも容易だった。そこで、僕はエヴェレットに対しての「悪魔達の感情」を探ることにし、敵について押さえておくべき情報収集はアミエルに任せていた。
得られた情報によると、エヴェレットが取り憑いた敵の名前は川科 真子。大まかな出没場所どころか、家まで判明したのは、いささか拍子抜けだ。
玄関まで行き、チャイムを鳴らす。母親とおぼしき人物が出たので、「友達の須賀部といいます」と言ったら、彼女は何を誤解したのか、口を押さえながらにやけた顔で下がっていった。
アミエルも、なにが面白いのか、さも楽しげに笑う。
「悪魔も気付かねえ間に手ェ出したか、この色男が」
「ーーほお」
速い手が所望との事なので、僕はすかさず裏拳をくれてやった。その後の罵倒は軽やかに無視する。
しばらくして、奥からタタタ……と足音が近づいてきた。
「でも、お母さん。私はスガベなんて人、知らないってば……あっ!」
若干高めの声だろうか。長い黒髪にメガネをかけた、地味目の少女だ。
そんな彼女が、それなりに大きな声を上げた理由は、僕ではなく、僕の右後ろにあるだろう。
「ククク。よお、嬢ちゃん。どうやら『見える』らしいな?」
少しだけ宙に浮いているアミエルが、スイッと前に出た。
「なぁに、取って食おうってワケじゃねえ。ご相伴に与りにきたのさ」
「おやおや」
その直後、今度は真子の背後から、豊かなヒゲをたくわえた、ロマンスグレーの紳士が現れた。
「誰かとおもえば、間抜けなアミエルではないか。性懲りも無く、またタダ乗りとはのぉ。まったく、バレぬとでも思っとるのか? ――あぁ、真子殿、恐るるには及びません。こやつは人間に変身も出来ぬほどの下等な悪魔。このエヴェレットが、指一本触れさせませぬゆえ」
「オメー、何も知らねー相手に、好き勝手ヌカしてンじゃねーぞ」
アミエルはエヴェレットの首に腕を回すと、強引に外へと連れ出した。
悪魔二人が消えると、彼女は目に見えて落ち着きがなくなった。まあ、無理もない。初対面の男が、悪魔とともに自宅に来て、頼りの悪魔を連れ去ったのだから。
僕は、努めて優しく微笑んだ。
「あはは……。なんだか、悪魔達には因縁があったみたいですね」
「そ、そうですね」
「あぁ、騒がしくして済みません。僕はただ、貴女の味方になりに来ただけなんですよ」
「えっ?」
驚く彼女に、僕は軽く頭を下げた。
「ひとまず、自己紹介でもしましょうか。僕は須賀部大輔と言います。よろしく」
「あっ……わ、私は、川科真子です……」
地味少女は、なんとかそれだけ言い終えると、申し訳なさそうにお辞儀をした。
迸る殺気などとは無縁の、どちらかといえば弱々しそうな少女。もっとも、こっちのやる気が殺がれるという意味では、見事な殺しぶりである。
――これが、地震と噴火で市を潰そうとする「敵」との、初めての対面だった。




