「始めから詰んでたのさ」
「今、悪魔達の間では、ちょっとした祭り状態になってるんだ」
アミエルはベッドの上でゆらゆらと浮かびながら言った。
「魂回収のためとはいえ、自ら手は下せない。といって、他の悪魔がわざわざ手を下すわけもない。もちろん、故意に危険な所で眠らせてもダメだ。少なくとも、眠ったときは安全な場所でなくっちゃな。とすると……」
「眠らせたあと、『人間が殺せばいい』わけか」
「ビンゴ!」
アミエルは心底楽しそうに親指を立てた。
「いやー、医者が首謀者か、あるいは抱き込んでたら、もうとっくに終わってたんだがな」
「そんなに簡単な話でもないだろ」
いざ殺すとしても、300人だ。自分で手を下したら極刑は確実だし、願いを使ってバレないように殺しても、今度は医者自身に旨味がない。
「――いや、待てよ?」
逆にいうと、旨味があればいいのか。
僕は、眼鏡のつるをなでた。
「なあ、アミエル。例えば僕が大災害を願った場合、魔力を用意すれば面倒な会議は不要なんだな?」
「くくく、やっぱお前なら気付くか」
アミエルは触覚のひとつを弾いた。
「ああ。災害の規模によって変わるが、必要な量を用立てちまえば問題ないぜ」
「なるほど。それなら利益があるな」
僕はゆっくりとアゴをさすった。
「派手な事件が起きるのを知っているというのは、それだけで強みになる。例えば、大災害が発生すると分かっているなら、事前に日経先物を空売りするだけで楽に億万長者だ」
「そんだけ分かってりゃあ、お前も楽にその尻馬に乗れるだろ?」
僕が睨みを利かせると、アミエルは両手を上げ、降参ポーズでおどけてみせた。
「おいお〜い、だっからよぉ、『出来る』って話なだけだろ? 別にしなくったっていーんだよ」
僕はアミエルの戯れ言を無視した。
「ときにアミエル、300人分からかすめ取れる魔力はどのくらいだ」
「それなら願い900個分だから……、オレなら震度6か7ぐらい起こせるぜ」
「ふむ。――弱いな」
「弱い?」
「ああ、地震だけじゃ駄目だ。交通網を寸断するためにならやってもいいが、それだけだと、生き残る可能性が高すぎる」
僕は、窓から見える霊峰――花間仁山を指差した。
「あの山は、今も活火山だという。あれを爆発させるなら、どのくらいの魔力がいる?」
「んー……まあ、ざっと願い2000個分ってトコかな。それがどうした?」
「夜中に地震を発生させた後、手前の西麓で大噴火を起こして、忙亜市一帯に火山ガスと火砕流を流す。これなら助けも間に合わない」
「なるほど、それならほぼ確実に殺せるよな」
アミエルはパチパチと拍手をした。
「くくく、今の推論は、悪魔達に伝わってる話と大体同じだぜ」
「お前はなぜ参加しなかったんだ?」
「これに加わると、魔力の取り分が折半なんでな。いくら夢でなら魔力を使わないっつったって、半分もってかれるぐらいなら、もっと効率よく稼げるぜ……。オレならよお」
「それにしては、参加者が多い気がするが」
「あァん? 日本担当は666人もいるんだぜ? ケッ、ここにゃ半分もいねえじゃねえかよ」
それだけいれば上等だとも思うが、まあ、見解の相違ということにしといてやろう。
アミエルは腕をぼりぼりかいていた。
「ま、お前はよくやったが、残念だったな、大輔」
「――どういうことだ?」
「だって、分かっただろ? 敵がいることは明白で、魔力も潤沢ってのも予想がつくだろう。ならよお、少しでも怪しい素振りがあったら、多少の予定なんぞムシして即座に発動するだろうぜ」
アミエルは手をひらひらしてみせた。
「なぁーに、気に病むこたぁねえ。始めから詰んでたのさ。まあ、せいぜい巻き込まれないように、脱出用の願いでもしておけばどうだ?」




