「これが……、『願い』か」
思うに、先ほどはTVと沙織との間を遮っていたので、少しステルスを緩めただけですぐに見破られたのだろう。注目されていない場所なら、もっとステルスを落としても問題ないはずだが、まあ、使うときはほぼマックスだろうから、さしたる検証もいるまい。
「オイ、妹が騒いでるが、いいのか?」
「ほっとけ。すぐに気のせいだったと思うさ」
僕はアミエルにそう言い捨てると、椅子に座り、机に肘をついた。
ともあれ、実験結果は良好だったので、さっそく僕は思考のステルスを全開にし、眠り病のことを考える。
まず、一般に分かっていることを挙げてみることにした。忙亜市の人口は現在13万。そこに今、300人の眠り病患者がいる。発生原因、対処法、いずれも未だ不明。
――大事件だな。
なのに、周りの人間は誰も話題にすらしない。ただ、「眠り病がある」ということを認識しているだけで、別に怪しんだりも不安にも思っていない。
僕は、ここまで思考出来たことにひとまず安堵し、その後、急速に腹の底が冷えるのを感じた。
――本当に、誰も気付いていないんだな。
そのとき、ふとアミエルを視界の端に捉えた。
――いや、違うか。悪魔は気付いている。だが、わざわざ人間には教えない。
人間は、理論こそ組み立てられないが、事実は把握しているので、過程をすっ飛ばした「願い」なら行える。だから、さっきまでの僕のように、「知り合いが眠り病に罹っているから起こしてくれ」という願いなら頼めた。しかし、悪魔は「願いを歪めて叶える」から、結局救出は出来ない。
あるいは、よっぽど面白い願いなら気まぐれに叶えるかもしれないが、「眠った人間を起こす」などという願いを、悪魔が気に入るとは到底思えない。
――つまり、紛う事なき完全犯罪の成立だったのだ。
「これが……、『願い』か」
僕は、おもむろに眼鏡を取ると、眼鏡拭きで丁寧に拭き始めた。
――考えを逸らすどころか、逸らした認識すら封じる『願い』。
アミエルの協力を取り付けてなければ、土俵に上がるのもままならないところだった。
「――面白い」
人間で知っているのは、そいつ……あるいはグループと、そして僕だけか。
「……」
――いいだろう。勝負してやる。
綺麗に眼鏡を拭き終わった僕は、しっかりと掛け直した。




