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瞑想世界228
田村を殺してでも次の展望を拓かなければならない局面を、嘆いている暇は無い。
どっちが加害者で、どちらが被害者なのかという、もたれ合いの意味での過失割合も、異相では一切通じない。
力を欠けば、それは即死を意味するのだ。
人間存在の尊厳性を全く無視した闘いが、厳しさを増しているのが現在進行している現実と言えよう。
負ければ絶対死が待ち受ける、力の法則しか通用しない過酷な現実の中で、頼るものは自分しかいないのだ。
頼るべき田村が敵になっている現実は正に異相の真実、絶望の淵とも言えるが、嘆いている暇は全く無い。
とにかくここは勝ち抜き、生き抜いて、次にステップアップを図らなければならない局面なのだ。
僕は考える。
この苛烈な闘いの意味を。
意味が無い事の苛烈さという言葉が頭に浮かんだ。
力が試されているのならば、力を示すしか道は無い。
頼るべき田村を殺してでも、この苛烈な闘いに勝ち抜き、次の展望を拓かなければならない。
それが今の局面なのだ。




