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瞑想世界187
騙し絵に殺されてしまうぞと、田村が怒鳴った。
海浜公園に戻り、田村が忽然と姿を消した。
丸い雲に埋没するように成美ちゃんの歌声が聞こえ、僕は寂しさに暮れる。
田村を捜しながら、僕はプールに辿りつき、成美ちゃんの歌声が橙色の哀しみを湛えた満月に変わっていくのを、虚ろに見詰める。
ある筈のない満月は、成美ちゃんの恋歌に哀しみの細長い雲をかき抱いている。
その満月を見詰めながら、僕は己の影に視線を落とし呼びかけた。
「田村」
田村が答える。
「俺はここだ。お前の横にいるぞ。満月を見るな」
僕は横に並んで歩いている満月に呼びかける。
「分からない、田村、何処にいるんだ?」
「満月を見るな。騙し絵に殺されてしまうぞ!」
田村が怒鳴ると、満月が消え、田村の姿が現れた。
僕は息をつき言った。
「成美ちゃんの歌声が聞こえたぞ」
田村が言った。
「それも騙し絵だ。しっかりしろ!」




