瞑想世界
己の生命の実存的証を知らされ、僕はうろたえる。
丹田に陽神を戻して、僕は瞼を開いた。
自分の部屋の中なのに妙な違和感があるのを僕は訝る。
何か村瀬といるような、そんな落下感があるのだ。
異なる世界である海浜公園からの脱出は、吊橋の上からのジャンプになる。
それは瞑想装置たる僕の正に生還に繋がる死出のジャンプなのだ。
電話が鳴った。
僕はそれを耳に充てて応対をする。
田村からだ。
田村が言う。
「無事に生還出来たようだな?」
僕は答える。
「成実ちゃんは?」
田村が沈痛な声で答えた。
「いや、あちらの世界に取り残されたようだな」
僕は愕然とする。
「それじゃ、もう一度あちらに行って、成実ちゃんを助け出さないと駄目じゃないか?」
田村がもう一度電話口の向こうで沈痛な声を上げた。
「そうだな。成実ちゃんを助けて、お前のアガティスの石ころを見付け出さないと、村瀬にそれを蹴られて、お前は死んでしまうからな」
僕は息を吐き出し田村に尋ねた。
「田村、そんな離れ業、俺に出来るだろうか?」
田村が答える。
「やるしかないのさ。それが成実ちゃんを助け出す事に繋がるのと同時にお前自身の救出に繋がるのだから」
僕は深く息を吸い込み、丹田にいる陽神をその呼吸法でまさぐるように凝視しながら答えた。
「分かった、それじゃ明日にでも又あの海浜公園の吊橋の上で落ち合おう」
その提案に呼応しつつ田村が電話を切った。
この救出劇が起きる一週間前、居酒屋で酒を酌み交わしている時に田村が切り出した。
「お前、アガティスの葉という予言装置があるのを知っているか?」
僕はライムサワーを嘗めるように飲んでから首を振った。
「いや、知らない。それがどうかしたのか?」
田村が答える。
「村瀬が遠隔瞑想をやり、インドの山奥にある、お前のアガティスの葉を読み取り、お前の命の証である石ころが誰かに蹴られて、お前が死ぬ事を予言したんだ」
僕は意味が分からず、尋ね返した。
「意味がさっぱり分からない。その石ころというのは何だ?」
田村がハイボールを飲み干し答えた。
「つまりお前の生命の実存は、そこら辺に落ちている言わば路傍の石ころで、それを何処の誰だか分からない奴が蹴ると、お前は死ぬと言う事なのさ」
僕はほろ酔いを感じつつ尋ねた。
「ちょっと待ってくれ。俺がそんな犬死にをする事を村瀬は遠隔瞑想をやり、インドに行って、そのアガティスの葉っぱを見て予言した訳か?」
田村が頷いた。
「そうだ。村瀬は在日韓国人であり、遠隔瞑想の達人だからな。そんな事はお手の物なのさ」
僕は驚きを隠せずうろたえる。
「おい、ちょっと待ってくれ。俺は何処の馬の骨だか分からない奴に、何処にあるのかも分からない俺自身の実存的石ころを蹴られて犬死にするのか?」
田村が再度頷き答えた。
「そうなるわけだ」
僕は狼狽を隠せず唸る。
「うーん、ちょっと待ってくれ。村瀬に電話してみるから」
田村がそれを遮る動作をした。
「いや、無駄だ。村瀬は多分異なる世界に行ってしまい、連絡はつかないぞ」
僕は思わず頓狂な声を上げた。
「異なる世界?!」
田村が頷いた。
「そうだ。田村は遠隔瞑想をして、その世界に自分の肉体を放り投げたのさ」