姫のために死ぬ身なれば 第二話
「この城については、だいたいこんな感じ」
クローネンベルクは、肩の辺りをコキコキ言わせながら言った。
「広いけど、カティア姫付きのあんたが知ってなきゃいけない所も多いから、説明も大変なのよね」
「緊急時の避難コースだけで36ある……か」
「それ、とっても大切な秘密だからね?城から出る時には記憶にロックかけてもらうから」
「わかってるわよ……それにしても」
アイスティーのストローを口にくわえながら、ティアリュートはうっとりとした顔になった。
「カティア姫の間近にお仕えすることが出来るなんて……天国のよう」
「クビになったら地獄ね。お付きの者としての活躍に期待してるわ」
「ええ……手取り足取りナニ取りで、二人っきりで密室で―――ああっ♪」
ティアリュートは、たまらない(はぁと)という顔で自分自身を抱きしめた。
「もうここは天国極楽、そしてヘヴン……もう私……」
「……まだ死んでないから。残念だけど」
コーヒーカップをソーサーに戻したクローネンベルクが席を立った。
「ほら。他の連中の面通しがあるんだから、いくわよ?」
「……うっ」
「深刻そうな顔してもダメ。仕事のうちよ」
「……どうしても?」
「どうしても」
「……お腹痛い。生理痛と陣痛とお盆とお正月が一気に来た」
「痛いのはあんた自身よ。ほら、姫がいるんだから、恥かかせないの」
「……そ、そうね」
ティアリュートは席を立った。
「姫がいるんだから、恐くなんてないっ!」
「―――その粋よ」
……とはいえ。
一度身に付いたヒキコモリ癖がそう簡単に消えるはずもなく……。
広間のドアの向こうに、ずらっと並んだメイドや執事達を見た途端、
「ごめん。ここ方角悪すぎ」
とっさに踵を返し、「逃げんな」と、クローネンベルクに肩を掴まれた。
「あれを見て、何も感じないの?」
「えっ?」
「―――よくご覧なさい」
「……」
ティアリュートは、言われるままにカティア姫を見た。
居並ぶメイド達に優しい笑みを投げかけるカティア姫の姿は、華と呼ぶに相応しい。
「……そうね」
ポツリと、ティアリュートは言った。
「あんなたくさんのメイド達に囲まれて」
「……」
「姫が遠く感じるわ」
「……は?」
「あの連中は、姫にずっと前から仕えていて、私の知らない姫を知っている……」
「あ、あのね?」
「畜生……全員の目ん玉と脳みそえぐり出して、そのボンクラな脳裏に焼き付いた姫の素晴らしいお姿を、私だけが独り占めしてやりたい……はぁっ。それにしても、私の知らない姫……私の……知らない」
ティアリュートは、胸がキュンッとなった。
頬が赤くなるのがわかる。
「やだ。何この気持ち……これってもしかして!」
「とりあえず、みんな待ってるから、逝くか行くかどっちかにして」
結局、ティアリュートは、メイド達の列の最後尾にこっそりとついた。
目立たなければいいんだ。
どうせ、姫だって気付くはずはない。
そう踏んだのだが―――
「ティアリュートっ!」
姫の嬉しそうな声が広間に響く。
壇から降りた姫が、驚くティアリュートに小走りで駆け寄ってくる。
「どうしたの?そんな隅で、いいからこちらへ」
「は……はい」
手を引かれるまま、ティアリュートは歩き出した。
まるで歩いているという自覚はない。
それは、宙をふわふわと浮いているような奇妙な感覚だった。
こんなたくさんのメイド達の中から、私を見つけだしてくださった。
しかも一瞬で!
姫が自分を見つけだしてくださった。
たったそれだけが、うれしさを通り越して感動さえも通り越した至福としてティアリュートを包み込む。
「あんた、変態だから目立つのよねぇ」
ニコリと微笑むクローネンベルクに、満面の笑みでティアリュートは返した。
「あとでぶっ殺す♪」
「新しく家庭教師になったティアリュート様です」
カティア姫は、嬉しそうに皆にそう告げる。
「……ねぇ」
それを見守るクローネンベルクに、横にいたメイドが訊ねた。
「あんたが連れてきたんでしょ?どうなのよ実際」
「……まぁ、そうね」
クローネンベルクは答えた。
「ご自分の目で確かめてみる事ね―――そうとしか言い様がない」
「そんなにスゴ腕?」
「……」
クローネンベルクは、訝しがるメイドから視線を外し、そして内心でティアリュートに詫びた。
―――ごめんね。ティアリュート。今の私だと、全否定してしまうから……
「ティアリュート?みなさまにご挨拶して下さいな」
「―――はい」
姫からボールを投げられた形のティアリュートは、まるで任地に赴いたばかりのベテラン軍人さながらに、表情のない顔で言った。
「カティア姫様の家庭教師をやらせていただくことになった、ティアリュートです。至らない点ばかりだと思いますが、よろしくお願いします」
そして、軽く頭を下げた。
「色白で綺麗な御方ね」
メイド達が小声で言い合う。
「それに冷静で大人の印象が……」
「素敵な御方ねぇ……」
正直な話。
皆がティアリュートの美貌に見とれていた―――というのが、正しいのだが、肝心のティアリュートがどう思っていたかといえば―――
―――見んな。
―――こっち見んな、マジで!
―――ううっ……ちょっと無理したら、緊張のあまり吐きそう……。
まるで油を搾り取られるガマ同然の脂汗が、背中を滝のように流れている。
ティアリュートは、軍隊時代に培った無表情を維持するのが精一杯だった。
「ティアリュート様?」
面通しが終わった後、カティア姫付きのメイド達数名と、姫を交えて立ち話となった。
「お父上は詩歌の面でも大家とうかがっております。是非、何か」
「―――失礼」
ティアリュートは冷たく答えた。
「私の未熟さで父の名は汚せません。どうかご容赦下さいませ」
「まぁ……」
メイド達がうっとりとした顔になった。
「親を気遣うお気持ち……謙虚ですわねぇ……」
「……」
―――あ、危なぁっ!
ティアリュートは内心の引きつりを押さえるのがやっとだ。
―――詩歌なんて何ヶ月の作ってないから!
―――下手なの詠んで追い出されるとか、ありえないから!
「これから、私がティアリュートを部屋まで案内しますが、皆は下がったままでいいですよ?」
不意に、姫が言った。
「これから私達、二人きりでお勉強です♪」
「ひ……姫様」
感極まったという顔で、ティアリュートは言った。
「わ、私……まだ心の準備が……」
「―――まて」
クローネンベルクが、はやる心にとまどうティアリュートを押しとどめた。
「とりあえず姫様?これにて我々は下がりますが」
「はい?」
「……ドアは開いたままにして下さいね?」
「?はい」
「少しでも変だと思ったら大声上げて下さいませ!」
クローネンベルクは、姫の両肩を抱いて力説した。
「そして、全力で逃げるのですよ!?」
「???」
「あと―――本当にマズいと思ったら、この剣で」
「大概失礼よ―――クローネンベルク」
ティアリュートは、ぽつりとそう呟くだけにとどめた。
後で絶対に仕返ししてやる。
その決意だけは、変わらないが……。
ティアリュートの教える科目は、貴族の子女としての基本的教養である詩歌。
そして魔界の歴史や文学と幅は広い。
歴史というものは、それだけをもって、正しく教えることは出来ない。
その時代の背景、価値観、人物、文学に文化―――多方面に渡る無数の知識を博識として、布を織り上げるようにまとめて初めて語ることが出来るほど、深い。
歴史上の出来事の裏にあることを理解しないと、単に偏見に満ちた評論に終わる。
それを真に受けたままでは、学ぶ者は、語る者よりさらに狭量となる。
それが、歴史を語る上で最も危険なことだ。
クローネンベルクがティアリュートを強く推挙し、伯爵が認めたものこそ、この歴史を語ることが出来るほどの、ティアリュートの博識だ。
親の影響もあって、幼い頃から教養を身につけてきたティアリュートは、人格的にはアレだが、一度聞いたことは忘れないというどん欲な知識吸収力がある。
耳にした楽曲を、初めて手渡された楽器でプロ並みに演奏してのけるなんて神業じみた伝説ばかりが、その経歴を埋めている。
教えることがない。と、半ば教師から放棄されていた義務教育を終える頃には、すでに3つ目の博士論文に取りかかっていた覚えがある。
そんなティアリュート自身、何故、軍隊に入ったか、今となっては定かではない。
とにかく、その眠れる才知からあふれる英知は、下手な大学教授なぞ太刀打ち出来る代物ではない。
並ではないティアリュート。
その教えを受ける姫もまた、並ではなかった。
砂漠に水を撒いたような。
そんな表現がしっくり来るほど、カティア姫は、ティアリュートからの教えを我が者とする。
一を聞いて十を知るような聡明な姫相手に、ティアリュートもまた、教えに熱が入る。
「お茶のお時間でございます」
メイドがティーセットを持って入ってきて、初めて二人は時間が過ぎていることに気付いたほどだった。
「こんなに時間が過ぎていたなんて」
姫は嬉しそうにお茶を待つ。
「疲れませんでしたか?ティアリュート」
「いえ。それより」
ティアリュートは心配そうに答えた。
「姫こそ」
「私は大丈夫です。ツェーマン王国の歴史には興味があったので、たくさん授業を受けましたが、ティアリュート程、わかりやすくて納得のいく授業をしてくれた人はいませんでした!」
「―――恐縮ですが」
ティアリュートは、思い切って訊ねてみた。
「実際の話、私が雇われた理由は?」
「えっ?」
雇った理由。
そんなことは、大したことではないはずだが、何故かカティア姫の表情が困った。という顔になった。
「あ、あの……仰りづらければよいのですが」
「……あのですね?」
お茶の準備を終えたメイド達が一礼して部屋を出たのを確かめた姫は、そっと席を立つと、ティアリュートの横に立った。
そして、その耳元で、そっと囁いた。
「皆には―――内証ですよ?」
耳にかかる姫の吐息に思わず絶頂しそうになるのを、必死に堪えるティアリュートに、姫は言った。
昔から、父親の決めた者達に囲まれて、友人と呼べる人もいない。
だから―――だから、せめて私個人の、私的な人が欲しい。
それが、家庭教師だ。
たくさんの人の中から、私はあなたを選んだけど―――
「ティアリュートは、私のこんなわがままに、つきあって下さいますか?」
姫は、ティアリュートが何と返事をしてくれるのか。
それをものすごく気にしていた。
緊張するその顔は、それだけで、とても愛らしい。
そんな姫を前に、
ヤバいっ!
ティアリュートは、血が沸き上がりそうになっていた。
何?
何っ!?
今日の姫ったら、ヤバいっ!本当にヤバいっ!
心臓が爆発寸前にオーバーヒートしている。
全身、特に鼻から血が噴き出しそうだ。
でも、そんなことしたら姫から―――
……よしっ。
ティアリュートは、根性というか、姫への下心で自らをねじ伏せた。
そして、言った。
「―――どこまでも、おつきあいいたしますよ?姫」
同じ頃。
「あーっ。心配でたまんないわ」
うんざり。という顔のクローネンベルクがドアをノックした。
「―――失礼いたします。ショーン様」
レースのカーテン越しに木漏れ日が差し込む室内。
アンティークな時計のコチコチという音だけが、奇妙に響く。
「お呼びとうかがい―――ましたが」
室内に入ったクローネンベルクが目にしたのは、ソファーの上に押し倒され、肌もあらわになった美女と、その上にまたがる小柄なドレス姿の少女の姿だった。
「来たのね?」
「来ましたが」
クローネンベルクは答えた。
「もうそれどころじゃないご様子ですね。いろいろと」
「―――いいのよ」
美女が起きあがった。
紫色のウェーブがかった髪。
鋭い眼差し。
女性としてフェロモンが漂う肉感的なその美しさは、クローネンベルクとは別な意味で、大人の女であることを示している。
「カティア姫様の所に、家庭教師が来たと聞きましたの」
「―――はい」
「なんじゃ?気になるのか?シュヴァルツ」
「いいえ」
少女に問いかけられた、“シュヴァルツ”と呼ばれた女性は答えた。
「向こうが何だろうと、私はあなた付きの家庭教師です。私達は私達でやればよい。ただそれだけのことです」
「―――そうじゃな」
少女は、そういうとどこからか人形を取りだした。
「その女が調子づく前に呪い殺してやろう」
「―――行動と言動を一致させて下さいますか?それより」
シュヴァルツの視線は、クローネンベルクに向いた。
「はい?」
「本当に、使い物になるのですか?その女」
「……ヒストレリアも読まれたのですか?」
「はい。一通りは」
「弱りましたね……姫様に私がお教えすることなど……何が」
「あら。そんなこと」
姫は笑みを浮かべて言った。
「私はまず、あなたを教えていただきたいですわ?」
押し倒したい!
ああっ!
押し倒してぇぇぇぇっっっ!!
ティアリュートが必死に自分を押さえる様子を、具合が悪いと勘違いしたのだろう。
姫が心配そうにティアリュートの顔をのぞき込んだ。
「大丈夫ですか?」
「―――姫」
ティアリュートは、姫の小さな唇に視線を釘付けにした。
キスしたい。
ふれ合いたい。
ちょっと首を伸ばせばふれ合うことが出来る。
首を伸ばせば―――クビになる。最悪、首が飛ぶけど、キスは出来る。
ど、どうすれば―――ん?
ティアリュートはその時―――姫の背後に亡霊を見た。
黒い髪の少女の亡霊が、カティア姫の真後ろにぼんやりと立っていた。
「―――っ!!」
ティアリュートが悲鳴にならない悲鳴を上げたのは、むしろ無理もないことだった。
「て、ティアリュート?」
「ひ、姫様っ!?」
引き下がりつつ、ティアリュートはカティア姫を抱きしめて自らの背中に押しやった。
「お、お化……」
「?」
姫は、ティアリュートの視線の先に誰がいるのかを知った。
「あら?ショーン」
「ショーン?」
「妹ですの」
よく見れば人間だ。
相当な根暗なのか。表情が暗い上に、黒いドレスに黒い髪が、嫌でも見る者に陰鬱な気持ちをもたらす。
「……貴様が」
ぽつりと、ショーンは呟くように言った。
「……姉様の家庭教師か」
「ティアリュートと申しますが……」
華やかな印象のあるカティア姫と陰鬱な印象しかないショーン。
姉妹でこうも違うのか。と、ティアリュートは驚くしかない。
「うむ」
ショーンは何故か、手にした人形の首を絞めながら頷いた。
「新しい家庭教師だというから、どんな輩かと思ってきたのだが……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの?」
ティアリュートは恐る恐る訊ねた。
「最後まで言ってもらえませんか?いろいろ心配なので」
「父上が色々と騒ぐから、どれほどかと思えば、何じゃ。ただの人ではないか」
「ただの人では―――何かご不満ですか?」
「当然じゃろう」
ショーンは、カティア姫を抱きしめた。
「見ろ。この姉様の美しさ……地獄の悪鬼や魔物でさえ魅入られずにはおられまい。どうじゃ?貴様に姉様を救えるのか?」
「……えっ?」
「姉様。これはハズれじゃ。軍経験者で知識の深い者は他にも」
「ショーン!」
カティア姫はキッと、ショーンを睨み付けた。
「お父様は関係ない!ティアリュートは私が決めた人なの!
だから、私の選んだ女にひどいこと言わないで!」
「……姉様」
「……ごめんなさい。ひどいこと言って。でもね?」
「……いや」
ショーンは何故か、ティアリュートを指さした。
「ひどいことになっているのは―――あの女の方ではないか?」
「えっ?」
そこには、鼻血の海に沈んで、断末魔に身悶えるティアリュートの姿があった。
「し、失礼しました」
「姉様の部屋を汚い血で汚すわ」
ショーンは冷たく言った。
「何を考えておるのじゃ?」
「……はい」
「使い物になるのか?お前は」
「失礼ですが」
ゆらりと立ち上がったティアリュートは答えた。
「私は確かに、姫にはふさわしくないかもしれません。しかし、私は!それを補って埋めるほどのモノをもっています!それは―――姫様への愛であり、真心であり、忠誠心ですっ!」
「……あのな?」
「このまっすぐな心をくみ取っていただけませんか!?」
「鼻にティッシュを詰め込んだまま、演説ぶたれても感動もせんわ」
「人は外見ではありませんっ!」
「ところでショーン」
二人の間に割って入った姫が訊ねた。
「シュヴァルツには何と言ってきたの?」
「……シュヴァルツ?」
「あ、ティアリュート。ショーンの家庭教師です」
「成る程?」
ティアリュートは思った。
カティア姫に自分という家庭教師がいるのなら、ショーンにもいて当たり前だと。
そのショーンは何故か、自分を不機嫌そうに睨み付けている。
「……貴様」
「はっ?」
「よもや、シュヴァルツを知らぬとは言うまいな」
「えっ?で、ですけど」
ゆらり。
妖気をまといながら、どこから出したのか不明な剣を抜きはなったショーンが殺気だった声で言った。
「その罪は死に値する……百八に引き裂いて餓鬼のエサにしてやろうか」
「何故っ!?」
引きまくるティアリュートの首をショーンが片手で掴んだ。
驚いたことに、その外見から想像できないほど、ショーンの力は恐ろしく強い。
ティアリュートの首がぐいぐいと締め付けられ、息が詰まる。
その喉めがけて剣が迫ってくる。
「シュヴァルツは……シュヴァルツはな?妾だけの家庭教師じゃ……だから、だから」
ショーンの顔は、今にも泣き出しそうだ。
「だから貴様なぞ!」
―――殺される!
ティアリュートが本気で死を覚悟する中、ショーンは言い放った。
「貴様なぞ、シュヴァルツを知らんでいいのじゃ!」
「いいんなら離して下さいっ!」
「ショーンっ!やめて!やめてったら!」
何とかショーンを止めようとカティア姫が必死にショーンにとりすがる。
「姫様!?」
部屋に飛び込んできたのは、先程の妙齢の女性。
シュヴァルツだった。
「全く、どこに行かれたのかと思えば!」
彼女の前には、ショーンとカティア。そして見知らぬ女がいて、その女の上にショーンが馬乗りになって、カティアがショーンに抱きついている。
そして―――
「も……もう、逝っちゃ……う……」
女のあえぎながらの声。
一人の女として、勘違いするなという方が無理な光景だった。
「……」
シュヴァルツは思わず、見なかったことにして部屋を出ようとした。
それは―――少なくともティアリュートにはキツすぎた。
「ちょっ!?た、助けて下さい、謎の人っ!」
「……姫が大変な失礼を」
「妾は失礼なぞ」
「失礼です」
「もしかして」
絞められた喉をさすりながら、ティアリュートはたずねた。
「あなたがショーン姫の」
「はい?」
「……」
ティアリュートの視線は、大きく開かれたシュヴァルツの胸元に釘付けになった。
「……乳?」
「……私が男に見えますの?」
「……まぁ、よいわ」
ショーンが言った。
「姉様が後悔しないことを祈るだけじゃ。妾達はこれで下がるが、ティアリュートとやら、言うておくぞ?もし貴様が今後、姉様に出過ぎたマネをするようならば―――」
「……」
「……」
ショーンの口元が動いているのはわかる。
だが、言葉があまりに小さすぎて、何を言ってるのかわからない。
「―――ではな」
言い終えた言葉だけはしっかりと聞こえた。
「ちょっと待って下さい!」
たまらずにティアリュートは叫んだ。
「言うならハッキリ言って下さい!恐いんですよ!余計っ!」
「失礼しました」
ショーン達が去った後、カティア姫が心底申し訳ない。と言う顔で言った。
「少し変わった子ですけど、根はいい娘なんですよ?感情表現が大げさなだけで……でも」
「でも?」
「わ、私も……あれくらい、ティアリュートに……」
ほんのりと頬を赤く染めた姫が、自分の言葉の意味を考え、慌てていった。
「わ、忘れて下さいっ!」
無理ですっ!
ティアリュートは内心で叫んだ。
あーっ!もうっ!姫があんな勢いで私を攻めて来る?
よ、良すぎてどうしたらいいのか、もうわかんないっ!
「……シュヴァルツ」
廊下を移動しながら、ショーンは訊ねた。
「例の件、どうなっている?」
「……申し訳ありません」
「しくじったか」
「……内通者がいた模様です。事態は露見……状況は我が方に不利」
「父上も不甲斐ない」
「……」
「城はそう簡単には落ちまいが、人という石垣は、存外と脆いものよ」
「……私は」
「ああ。妾はシュヴァルツを信じておる。妾にはお主と姉様しかおらぬ」
「……ありがとうございます」
「あの変人、メースは使えるのじゃろう?」
「……軍務経験上はメース使いとして、実戦経験もございます」
「騎体の整備を万全にしておけ。メースに攻め込まれたら、この城とてそうそうはもたん」
「―――はい」
「して?」
ショーンは足を止めると、まっすぐにシュヴァルツの顔を見た。
「オンディーヌ家の犬が城に入り込んだというのは、本当か?」




