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こぶとりじいさん

作者: くめきち

 こぶじいさん

 ふう,まったく。危うくほっぺを切り落とされるところだった。

 ああ,とりあえず,まずは僕のほっぺについて――いや,ほっぺというよりは,瘤だね――瘤について説明しなければいけない。昔はそんなに大きくなかったんだ,そう,瘤がまだほっぺだった頃さ。それがいつからか膨れ始めて――最初は全然きにしなかったし,気にならなかったんだが――気付いたら,ツルツルに丸くカチカチに堅い玉が二つ,僕の両頬にひっついていたのさ。一度気になったらもうずっと煩わしくて,いろんな状況で怒り心頭に発するんだ。例えば就寝中,寝返りがうてない,これがとても辛いのはわかってくれると思う。もう一つ困ったことを挙げると,花粉症なんだけどマスクが付けられないということだ。

 ただ一つ良いことは友達と尾籠な話をするときに笑いをとれることぐらいかな。

 けど,そんな日常が僕には耐えられなくなった。たくさんの医者に掛かって,大量の薬を飲んだけど,一向に良くならない。それでも高い薬を買い続けるから,家がどんどん貧しくなっていった。家族にひもじい思いをさせて,僕はおそらく,おかしくなっていたんだと思う。

 おっと,僕の息子である太郎兵衛が一筆を添えてくれるようだ。では,よろしく。


 太郎兵衛

 吉四六おじさんはよくやってくれた。あの人に頼った俺の目に狂いは無かったということだ。

 いつの時期からかは知らんが,じいさんの瘤がデカくなっていってるなっていうのは俺も感じていた。俺には為す術もなかったし第一,当の本人がそれほど気にしていなかったようなので,ならそれで良いと思っていた。

 だけど,さっきじいさんが言っていた通り,色々な問題が浮上してきて,薬漬けになってしまった。

 じいさんが高価な薬を買いまくって,家庭がじわじわ貧困に蝕まれていくのは俺も内心おだやかではなかった。でも,文句は言えなかった。なぜかって?当然だろ,俺はニートなんだからな。

 それからじいさんが,江戸の名医に診てもらうために全財産を投げ出すっていうから俺も気が気じゃなくなって,吉四六おじさんのところにかけこんだってわけだ。

 「おじさん,なんとかじいさんに瘤の療治を諦めてもらう方法はないかな?」

 すると吉四六おじさんは,莞爾と笑って言った。「任せなさい。明日,おれが行ってやろう」


 こぶとりじいさん

 あの朝は,いつもどおり憂鬱な心持ちだった。瘤のことを考えると,フォークで皿を引っ掻いた時の様な不快感がこみ上げてくる。もしも江戸の名医にも打つ手が無かったらどうしようなどと考えると,好物であるマッシュルームのソテーも喉を通らなかったんだ。

 ふいにカメラ付きインターホンが来訪を知らせるミュージックを鳴らす。

 こんな朝に,誰だろう?僕は口に残っている食べ物をミルクティーで流しこむとインターホンに向かう。

 「何用です?」

 顔一面に微笑みをたたえた吉四六さんは言った。「こぶ屋ですー。こぶはありませんか。こぶがあったら高く買いますよー」

 僕は走っていた。そして次の瞬間には,玄関にたどり着いていた。おそらく何らかの新記録を樹立したに違いないが,とにかく僕の次の行動は扉を開け放つことだ。

 「本当に瘤を買い取るというのか?」僕はこれ以上ないほど真剣に,そして慎重に問うた。

 すると先ほどまで笑顔溢れていた吉四六さんはたちまち厳粛な雰囲気を漂わせ,答えた。

 「ええ。私はこぶとり免許一級を持ってるんです。こぶ一つにつき八文,両方で十六文だが,売る気はないですかい?」

 「おお,雷神様! 家を売ってでも瘤を除きたいと思っていたところだ! 瘤を売るなんて発想はこれっぽっちも無かったが,ともかく,はやくやってくれ!」

 いまさらだが,彼が縦長の箱を持っているのに気付いた。中に何が入っているのか疑問に思ったが,僕は彼を土間に案内した。

 十六文を受け取ると,僕は座らされた。

 彼はなにやら呪文をぶつぶつと詠唱している,なんだ,おもむろに箱から何か取り出すぞ。

 !!!? チェーンソー!!!!??

 「吉四六さん!!! なにを考えているんだ!!!」

 「なにって,これで剥いでやるんだ」

 「ばかな! そんなことをしたら死んでしまう!」

 「あんたが死ぬか生きるかはどちらでも結構。私はこぶだけを買ったんだからな」

 吉四六さんがそれに付いている紐を引っ張ると,それの先端は激烈に回転を始め,空気を震わせるほどに唸る。

 「わかった待ってくれ! 瘤を売るのはやっぱり止める!」

 「なんだ,こぶがおしくなった?」

 「ああ,すっかりおしくなった!」

 すると吉四六さんは,チェーンソーを停止させ,下に置いた。

 「じゃあ,止めよう。ただ,金は払ったんだから,そのこぶが私のものだということに変わりはないよ」

 そして吉四六さんは,隣に居た息子の太郎兵衛に言った。

 「太郎兵衛,おじいさんがこぶを邪魔だと呟いたら知らせてくれ。可及的速やかに回収しにくるから」

 「わかった。じいさんが少しでもこぶが邪魔って素振りを見せたら,すぐに知らせるよ」

 それ以来,瘤を取りたいって気持ちはまるきり無くなったってわけさ。

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