大切なもの3
俺達の居るカプセルに、1隻の船が近づいてきた。甲板の人垣からは幾つものフラッシュが焚かれ、歓声と拍手が響いている。
徐々に近づくその群集の中で、手を振っている一人の男。あの見慣れた姿は…
…
俺はその時、溢れるものを堪えることが出来なかった。
地球に還ったら、一番に逢いたかった人。
「ジョー…!」
俺もいっぱいに手を振り返した。
船から下ろされた縄梯子を上ると、俺は彼の腕の中に迎え入れられた。
「…」
言葉は出てこない。
でもそこに、言葉は要らなかった。
ただ俺達は抱き合って、互いの存在を確かめた。
暫し時が過ぎた後、ふと横を見ると…、メグも同じように一人の女性と抱き合っていた。
誰だろう?その相手の顔を見て、俺は腰を抜かしそうになった。何とジョーそっくりの顔!
面長な輪郭、ぱっちりした目、眩しいくらいのブロンド。全部ジョーとそっくりだ。でも男顔なわけじゃなくて。
「お前…妹いたっけ?」
するとジョーは頭を抱えた。
「ねぇワタル!何で?何で親友のお前までそういう事言うの?」
「え?」
「お前なら分かると思ってたのに!」
涙目で訴えられて、たじろぐ。
「俺の嫁なんだよ!一緒にいても夫婦だって分かってもらえた事ないんだよ!いつもいつも、ご兄妹ですよねって言われてさ!そんな雰囲気が無いのか?俺達は!」
…ああ、奥さんだったのか。しかしよく似ている。絶対に兄妹にしか見えない。でも…
「君達は本当にお似合いだと思うよ」
俺は思ったままに、そう言った。するとジョーは目を伏せて微笑んだ。
「…メアリーって言うんだよ」
そう言うとジョーはますます顔を赤らめて、俯いた。
俺はメアリーにもう一度目を向けた。初対面のメグの事を本当に気遣ってくれている。そんな愛情深いところもジョーにそっくりだと思った。
「ジョー、結婚おめでとう。いい人と出逢えて、良かったね」
7ヶ月振りに、やっと直接言えたお祝いの言葉。本当なら、結婚式に出席して、その日に言いたかったのだけれど。
「今更だけど、お祝いのプレゼント楽しみにしててよ」
ジョーは、笑って頷いた。
「ワタル、お前の方こそ楽しみにしてろよな。おめでとう」
俺は、友達に支えられてここまで来た…。
友情。それはかつて、俺がMSに入ることに必死なあまり、見失っていた大切なものだった。
そして、大切な友達が、もう一人…。
「お帰り、弥」
日本語でそう語りかけた、その声の主は…
俺と同じ色の瞳をした、俺の恩人…。
「宮根さん…」
すると彼は満面の笑みで、俺の手を握った。
「水臭いなぁ初対面でもないのに。明って呼んでくれ」
続けて、俺の肩を抱いて群集に向かせると大きな声で、
「本当によくやったな!ホワイトの命を助けてくれるなんて、SSPにも出来なかった事をやってのけたんだから!」
英語で呼びかけたその言葉に、群集から拍手が沸いた。
「よくやったな!」
と口々に讃えてくれる人々。面識の無い人がほとんどだが、多分メディア関係とSSP関係の人達だろう。
すると宮根さん…いや明は、俺の耳元に顔を寄せると、コソッと、あの関西弁イントネーションで囁いた。
「それに、やったやん!ホワイトをお嫁さんにしちゃうなんて!追い掛けていった甲斐があったよな!」
…うっ。あの時からバレていたのか。メグに気があった事。
「何話してるの?」
背後から掛かったメグの声に、俺はドキリとする。こういうのを女の勘とかいうのか。
「な何でもないって」
俺が答えると、今度は明に詰め寄った。
「ミヤネさん、ワタルの様子がおかしいわ。何言ったの?」
明が俺を見たので、俺は慌てて人差し指を唇に当てて、黙ってもらうよう頼んだ。メディアも居るのに、言われたら恥ずかし過ぎる。
しかしメグの好奇心は止まらない。
「ねぇってば」
メグの迫力に明は後ずさる。メグは明の袖を掴んで離さない。
その時、メグが躓いた。メグはバランスを崩して…
「やめろメグ!大事な身体なんだからっ!!」
俺の叫びに、甲板はすっかり静まりかえった…。