トライアングル9
俺は再び、目の前のカデットさんを見つめた。彼は深い眠りについていた。
相変わらず息遣いは荒い。生きようともがきながら、必死で繰り返される呼吸。
…目の前の消えかける命を、見過ごす事は出来ない。
でも…出来る事なら、この任務を誰かに代わってもらいたかった。
彼の顔に、呼吸装置を付ける。
…熱い。この熱さで、脳も溶けてしまうのではなかろうか?このままでは本当に脳に障害が残りかねない。どれほどの頭痛が、彼を襲っているのだろう…。
点滴を用意し、彼の袖を捲る。
その太い腕はぐったりとしていた。針を刺す時、その熱すぎる肌を指先に感じた。
その後は、俺の体は自然に動いていた。
机に向かい、慎重に薬品を配合する。そして注射器で彼の腕に注入した。
そのまま夜まで、様子を窺った。
熱は少しだが下がってきた。肺の炎症が完治するには時間が要るが、峠は越えたようだ。
もう命の危険は無いだろう。
安心すると同時に、俺の心にどうしようもない苛立ちが舞い戻ってきた。
「何かあったら、また呼んでくれ。俺はMSに帰る」
俺はメグに背を向けたまま、そう言った。
俺の怒りはカデットさんではなく、メグに向けられていた。俺の気持ち知ってるのに、何故?
彼女は、カデットさんが倒れるよりも前に、彼からプロポーズされていたのだ。
…さっさとここを立ち去りたい。そうしないと言ってしまいそうだ。
“どうしてすぐに話してくれなかったのか”と。
白衣を脱ぎながら、俺は部屋を出た。
エアロックに向かって歩きだした俺を、メグが呼び止めた。
「私っ!あのね、アンドレイに…プロポーズ…されたの…」
やっと来たか。俺は努めて冷静に振り返った。
「そう。それで?」
「“それで?”って…。どうしようかと思って…相談してるんじゃない…」
最悪だ。メグの戸惑いが更に俺を苛立たせる。
「好きなようにしたら?俺の決める事じゃないんだから」
そう言うのが精一杯だった。
「ひどいっ!」
「…ひどい?何で?…じゃあ、結婚したら?」
俺はそう言い残すと、エアロックに入ってドアを閉じた。
虚しさを噛み締めながら宇宙服を着る。
…こうするしかない。
だって相手は将来を保証された、優秀な宇宙飛行士だ。それに比べて俺は、ただの学生だ。
あっちといる方が、メグは幸せになる…。